Herman H. Tabani, "Internet Privacy" in The Proceedings for CEPE, 1999.
個人のプライバシーに対するインターネットの影響については近年多くの研究がなされており、ある研究者たちはインターネットに関連するプライバシーの問題を「インターネット・プライバシー」と呼んでいる。この論文の目的は、こうしたプライバシーのカテゴリーが果たして必要とされるか否かについて決定することである。以下の議論に従えば、インターネットに関わるプライバシーの懸念の大多数は、インターネット以前のコンピュータ、ネットワーク技術がもたらすプライバシー問題と質的に異ならないため、インターネット・プライバシーという独自のカテゴリーは正当化されない。だが、インターネットに特有の(Internet-specific)プライバシー問題とインターネットによって増大した(Internet-enhanced)プライバシー問題との間には有効な区別をすることができ、この区別によって、我々はインターネット自体が個人のプライバシーに及ぼしてきた影響をよりよく理解することができる。
近年行われたいくつかの調査によれば、インターネットにおけるプライバシー問題は、アメリカの消費者にとっての一番の関心事である。いまや「インターネット・プライバシー」という表現がインターネットに関わる一連のプライバシーの問題を指すのに使われるようになった。だが、こうした表現を使用することは、はたして我々が「インターネット・プライバシー」という独自のプライバシーのカテゴリーを必要とするのか、という問題を投げかけることになる。
インターネット・プライバシーという独自のカテゴリーの必要性に関する問いは、ある意味では、インターネット自体がプライバシーに対する特有の問題を引き起こすか否か、という問いにかかっているようだ。そして更に後者の問いに答えるためには、インターネットの技術にもっぱら起因しているようなプライバシーへの脅威がはたして存在するのか否か、またかりに存在するとすれば、どのような脅威がそれにあたるのかという問いに答えねばなるまい。だが、仮にインターネットに固有のプライバシーの問題があるとしても、インターネットに関連するプライバシーの問題が、既存のプライバシーのカテゴリーでは適切に扱われることはないのか、という問いは依然残る。
コンピュータや情報技術に関するプライバシーの議論において、個人的決定の侵害や干渉のような心理的な危害に関わるプライバシーの問題からコンピュータに関わるプライバシーの問題を区別するために、情報プライバシー(informational privacy)という用語が使用されている。この情報プライバシーは、更にデータベースの個人情報に関わるデータベース・プライバシーと暗号化やEメールに関わるコミュニケーション・プライバシーとに区別される。インターネットに関わるプライバシーの問題は、一見すると後者に属しているように思えるが、中にはデータベース・プライバシーに関わるものもあるので、この二つのカテゴリーはインターネットに特有のプライバシー問題を確定するのに寄与することはないだろう。インターネットに関わるプライバシーの問題を、それ以前の情報技術に関わるプライバシーの問題から識別することが容易ではないからには、「インターネット・プライバシー」という固有のカテゴリーが必要とされるように思われる。だがインターネットに関連するプライバシーの問題は、固有のプライバシーカテゴリーを許容するほど、インターネット以前のプライバシー問題とは質的に異なったものなのだろうか。それともこれらの懸案は、以前のプライバシー問題の焼き直しにすぎないのだろうか。
以下では、インターネットが少なくとも次の二通りの仕方で現今のプライバシーと技術に関する議論に影響を及ぼしてきたことを確認する。
情報技術の初期の時代には、中央集権的な政府が市民の日常活動を監視しうるという危惧があったが、今日では監視されているかもしれないという脅威は、政府よりもむしろオンライン業者や企業の個人部門による監視から生じている。彼らはいまやウェブサイトを訪れる人の活動を監視することができ、どれくらいの頻度で彼らがそのサイトを訪れるのか、そこにアクセスしている間、訪問者がどのような嗜好を持っているのか、等を決定することができる。
インターネットユーザーについてのデータは彼らのオンライン活動から直接ないし間接に収集される。情報収集の一つの方法は、ウェブフォームの利用である。フォーム技術はウェブ訪問者についての情報を集めるために使われるだけでなく、彼らがあるウェブサイト内で訪れた一連のページを追跡するためにも利用される。個人情報を収集する間接的な方法の一つは、インターネットサーバーのログファイルの利用である。ブラウザはサーバーにインターネット・アドレスやブラウザ名などのデータを送るため、サーバーログが個人的な情報を間接的に収集するのに使われうる。こうして間接的に集められた情報はウェブフォームから直接に集められた情報と組み合わせられ、広告業者が特定の個人をターゲットにするのに利用される。
ウェブフォームとサーバーログの利用は、ユーザーのプライバシーに対して重大な脅威を引き起こしうるが、この両者のいずれの技術もインターネット時代よりも前に発達していたものなので、インターネットに固有の技術であるとはいえない。しかしこれらの技術によってデータの監視と収集が行われる規模は劇的に増大したのである。
データの監視や記録だけではなく、インターネットを通して情報を交換するために、他のツールや技術が利用されてきた。オンラインでの個人情報の交換は、第三者へ個人データを売却することを含んでおり、これによってあるオンライン企業に商業利益がもたらされるが、その際、データの所有者の認可や承諾がないままになされることが多い。こうした個人データの交換技術は、すでにインターネット時代以前に利用されており、インターネットによって新しくもたらされたものではないが、しかしインターネット技術の導入は、オンラインでの個人情報の交換の可能性を飛躍的に高めた。
データ抽出(Data-mining)について。データ抽出とは、大型データベースから、それまでは未知であった諸々の情報を抽出するために使われる自動化された技術のことであるが、この技術によってそれまで未知であったさまざまなパターンや諸関係を明らかにし、この「新たな」情報を以後の決定や予測のために利用することができる。データ抽出のアルゴリズムを利用することによって、それ自身では無害であるようなユーザーの活動についての個々の諸データも、記録・結合・再結合され、その結果、個人のプロフィールを作成することが可能になる。そこで例えば、自分がそれまではその存在を知らなかったような、ある消費者カテゴリーや危険人物カテゴリーに属しているのに後から気づく、といったことも起こりうるのである。インターネットは、いまや「データ抽出の新興の開拓者」となり、AI技術を使用するソフトウェアや様々な「学習技術」の利用によって、多くのウェブサイトを学習したり、それらの一般的なパターンを明らかにすることができる。それゆえデータ抽出の技術は、インターネットユーザーに対しても影響を与えるようなプライバシー問題を引き起こしている。
データ抽出の技術が現在インターネットによって利用されるとはいえ、この技術の使用はインターネット時代以前のものである。先のウェブフォームやサーバーログ・ファイルと同様に、データ抽出によって引き起こされるプライバシー問題は、インターネットに特有のものではなく、むしろ我々が先にインターネットによって増大したプライバシー問題として確認したものの一例である。
インターネット・クッキーとは、オンライン業者やウェブサイトの所有者が自分たちのサイトを訪れたユーザーについての情報を保存し、検索することを可能にする装置である。この装置がかなりの論争を引き起こした原因は、主にそれがユーザーについての情報を収集、保存する際の新奇な仕方にある。例えばブラウザ上でのユーザーの嗜好についての情報がウェブサイトの訪問中に「捉え」られると、その情報はユーザーのコンピュータシステムのハードドライブにあるファイルの中に保存され、そのシステムから検索され、ユーザーが再びそのサイトを訪れたときに、ウェブサイトに再転送される。このようにユーザーのコンピュータシステムにユーザーについて収集した情報を保存するようなデータ収集装置は他に類がなく、またユーザーとウェブサイト間のデータのやりとりは、ユーザーの承諾や同意なしに行われるのが通常である。
このようにクッキーの技術は、(ユーザーに知らせることなく)ウェブサイト訪問中のユーザーの活動を監視、記録し、ユーザーのコンピュータシステムへ情報のダウンロードを行うので、その技術はユーザーのプライバシーを損なうものであると主張されてきた。それに対してクッキーの支持者たちは、彼らはユーザーに見合った情報検索の手段やユーザーに好みのサイトのリストを提供することで、ユーザーにサービスを行っているのだと主張する。だが調査を受けたユーザーのほとんどは、好みのサイトを自分たちに見合ったように検索できることよりも、ウェブ訪問中に自分たちのプライバシーを失わないことのほうに、より大きな関心を持っていることを示している。
クッキーに関するプライバシーの脅威がインターネットに特有のプライバシー問題に分類されるのは、むろんその特殊なデータ収集技術によって引き起こされるプライバシーの脅威が、インターネットに特有のものだからである。
かつては見い出すのが困難であった個人についてのある種の情報は、インターネット・サーチエンジンと呼ばれる「自動検索装置」を利用することによって、容易にアクセスし、収集することができるようになった。サーチエンジンのユーザーが探すトピックの中には、個人についての情報も含まれる。サーチエンジンの記入欄に個人の名前を入れると、ユーザーはその個人についての情報を検索することができる。だが当の個人は自分の名前がサーチエンジンのデータベースに含まれていることを知らず、またサーチエンジンのプログラムやその検索能力について熟知していないため、サーチエンジンが個人のプライバシーに対して持つ関わりについて、疑問を投げかけることができる。
インターネットで現在利用できる情報は、個人的な人物情報も含めて、それらがインターネット上に存しているという観点からいえば、公的な情報である、という議論もありえよう。だが我々はむろん、インターネットで利用できるこのような情報がすべて公的な情報と見なされるべきであるのかどうか、を問うことができる。情報が、例えばハードコピー・フォーマットのようなある何らかの媒体で公的に利用可能であるならば、その情報を電子フォーマットに置き換えたり、それをインターネット上に置くことは、理不尽でも不適切でもない、という返答も想定できるかもしれない。だがそのような行為は時には、プライバシーを侵害する恐れもあるので、こうした問いに答えるためには、標準的なプライバシーについての適切な理論から出発する必要があろう。
我々は、インターネット技術によって可能になったプライバシー問題とあるインターネット活動によって助長されたプライバシー問題との間に有効な区別を設けることができるということを確認してきた。こうした区別を設けることによって、インターネット自身が個人のプライバシーに対して及ぼしてきた影響についてよりよく理解することができる。と同時に、インターネットに特有の二つのプライバシー問題がこの研究で確認されたにもかかわらず、インターネット・プライバシーという独自のカテゴリーを形成することは、正当化されないように思われる。