海外出張報告


オランダにおける情報倫理学・情報教育および哲学研究の現状調査

平成11年9月20日から29日にかけて、越智貢、近藤良樹、松井富美男、坪井雅史 の4名がオランダのティルブルグ大学、アムステルダムの国立アカデミー、ドイ ツのトリア大学で、それぞれ、資料収集、研究打ち合わせを行った。

ティルブルグ大学では、道徳神学会に参加し、ヨーロッパの道徳哲学と神学的な 視点からのアプローチについて知見を得た。また同時に参加者からオランダでの 情報倫理・情報教育の現状についても情報を得た。

アムステルダムのオランダ科学アカデミーでは、プリンストン大学のヘレン・ニッ センバウム、エラスムス大学のファン・デン・ホーヴェン両氏と会談し、2001年 に広島で開催する予定になっている第2回国際フォーラムのプログラム・報告 者等について話し合った。(これに基づいて、現在プログラムを作成中である。)

ドイツでは、トリア大学のオルト教授・後藤弘志氏と会談し、ドイツにおける情 報倫理・情報教育についての情報を得た。

(文責 坪井)

第11回International Congress of Logic, Methodology, Philosophy of Science 参加報告

表記の国際会議は1999年8月20日から26日にかけて、ポーランド国ク ラクフ市のヤゲロー大学において開催された。ヨーロッパ、アメリカを中心と する研究者が参集し、論理部門6、科学の哲学一般部門8、科学の哲学の倫理、 歴史、社会的側面3の合計17のセクションに分かれて議論がなされた。当プ ロジェクトからは、塩谷賢(千葉大拠点)が参加して討議を行った。

今回の国際会議は、いわゆるアカデミックな立場にある研究者、それも哲学・ 論理学の研究者が中心であり、数学基礎論、認知科学の一部を除く、科学技術 の現場に携わる科学者、工学者の出席はなかった。そのためか、科学について 哲学的な立場から批判・検討するものが多く、倫理的な問題についても、既存 の倫理・価値体系と科学技術の対立という基本構図の上で、両者の協調や闘争 を考察するものが主であった。

これらの議論の特性は、会議全体の雰囲気にも関連している様に思われた。様々 な分野に関する17ものセクションを用意しながら、21世紀に人類はどのよ うな方向に向かおうとするのか、というコミットメントを産出するだけの知性 を統率する方向性が何ら見えず、結局は総花的な個別の小ワークショップの集 合体になってしまっている。このことの根底には、科学社会の現場の進展から 超越した批評家としての哲学、という教養主義的なイメージを感じた。

筆者は個人的意見として、科学技術の進展により従来の生活世界の在り様が大 きく影響され、そこでの判断・評価・思考の様式が根本的な改定を迫られてお り、それに対処するためには、既存の倫理的・哲学的基礎概念自体を再検討し、 科学技術と機能面で調和の取れたものを求めていくことを通じて、哲学が世界 にコミットすること、そのためには哲学側からの意味理解に偏重した一般的・ 図式的な科学解釈に頼ることは不充分であり、未来へのコミットメントをなす という機能的な側面から科学と哲学、倫理の関係を考える必要があること、情 報倫理はそのような思考実践の可能性を秘めた重要な実験フィールドであるこ となどを主張した。

現在の情報倫理の現場では、技術の生活世界への進展が急速に進んだため、様々 な現実的問題が既に続出してきており、それに対処するための行動指針・マニュ アルとしての倫理的コミットメントが続々と出現している。職業倫理としての 情報倫理、情報倫理教育の理論的検討などの学術的な情報倫理の研究も大きく 見れば、現実の問題に対処するための方策的なコミットメントである。前年に 参加したCEPE98などもどちらかというとこのような流れの中にあるものと理解 される。

その一方で、来るべき情報社会における生活世界のグランドデザインが、情 報倫理全体を左右する大きなファクターであることも多くの人々が理解すると ころである。

このような状況に統合的に対処するには、個々の現場をつなぐ 基礎的概念を、哲学・倫理と科学・技術の両側面を調和させる基礎的なものの 見方、概念的道具を探求し、グランドデザインの描写を準備せねばならない。 この任は今日の理論哲学者の重要な責務であり、本国際会議のような場でこそ 検討されねばならないはずである。そのためには意味理解偏重の批判哲学から 機能重視の哲学に発展的脱皮を遂げるべきである。

筆者のこのような意見に対して同意を示す研究者は必ずしも少なくなかった が、大勢ではコンザーヴァティヴな雰囲気であった。

このように21世紀の情報倫理の構築には、問題対処型の研究方向とグラン ドデザイン描出(準備)型の研究の分化と有機的統合が必要であろう。問題対 処型の研究が頻出している現在において、情報倫理というものが纏まるかどう かは、カウンターパートたるグランドデザイン描出準備型の研究の充実に掛かっ ている。そのためには理論科学とそれに関する科学哲学の研究者に情報倫理へ の関心を開かせることが肝要である。FINEがこのような方向に先駆的な貢献を することが期待される。

(文責 塩谷)

第4回EHICOMP99国際会議

1999年10月6日より8日まで、京都大学の水谷と江口がイタリアローマ LUISS Guido Carli Universityで開催されたETHICOMP99 第4回情報通信技術の社会的・ 倫理的影響に関する国際会議に出席した。

ETHICOMPは1年半ごとに行なわれる情報倫理に関する国際会議であり、規模・参 加者数・参加国ともに世界最大規模である。今回は計100件以上の講演・研究報 告・ディスカッションが行なわれ、水谷と江口の二人によってすべてを総覧する ことは不可能であったが、世界各国の有力な研究者と情報倫理に関する討議を行 なう機会を得たことは非常に有益であった。

発表・講演内容は多岐に渡ったが、特に早急に日本に紹介する必要があると認め たものについては、水谷と江口が相談の上、本情報倫理学研究資料集IIの文献紹 介において紹介しているので参照されたい。また、講演・研究発表については、 ETHICOMP99 WWW ページ (http://www.ccsr.cse.dmu.ac.uk/conferences/ccsrconf/ccsrorgconf99.html) から入手可能である。

文責 江口)

プリンストン大学研修報告

プロジェクトリーダーの水谷雅彦は、99年8月30日より、米国ニュージャージー 州のプリンストン大学に客員研究員として滞在した。受け入れ教授は、哲学科の ギルバート・ハーマン教授であり、客員の任期は2000年7月31日までであるが、公 務及びプロジェクト遂行のため00年1月29日に一旦帰国した。また、その間イタ リア、ローマのルイス大学で開催されたETHICOMP99に出席し、98年ロンドンの LSEでのCEPE98ならびに99年のFINE99で顔なじみとなっていた各国の研究者たち と研究打ち合わせと意見交換を行なった。

渡航の主たる目的は、同大学ヒューマンバリューセンターのヘレン・ニッセンバ ウム講師との情報倫理学に関する共同研究であったが、日本でも著名なハーマン 教授(哲学)ならびに新任のピーター・シンガー教授(生命倫理学)の講筵に列 することもできた。この間、11月10日に、ニューハンプシャー州のダートマス大 学哲学科のSapientia Lecture Series にて招待講演、また12月7日に、プリン ストン大学ヒューマンバリューセンターで講演を行ない、多くの専門にまたがる 出席者と意見交換を行なうことができた。講演題目は、いずれも``Information Ethics in the Age of the Internet: From a Japanese perspective'' である。 ニッセンバウム講師とは、週一、二度のディスカッション・ミーティングの他、 今夏に発足の予定されている国際学会の発足準備や雑誌の編集に関する打ち合わ せなどを行なった。

(文責 水谷)

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