5 情報倫理と教育


私も参加している「情報倫理の構築」プロジェクト(日本学術振興会「未来開拓学術推進事業」)では、広島大学の越智貢教授を中心に、情報倫理教育についてのアンケート調査を実施しようとしている。周知のように、文部省は、2003年までにはすべての初等、中等教育機関にインターネットを導入するとともに、カリキュラムの上でも「情報教育」の充実を図ろうとしている。これについての私見としては、「小中学生に学校でインターネットなんか使わせるべきではない」という「暴論」をこのコラムでも書いたことがあったが、国家レベルでのこの大きな流れはもはや止めることはできないであろう。その際に問題になるのが、現場の教員の電子ネットワークに関する意識の「温度差」である。「100校プロジェクト」などの実験的試みの場合は、すでに自宅などで趣味などでコンピュータやネットワークを利用しており、したがってある程度はインターネットに関する知識のある教員の献身的な努力に依存していた面が多かったと推測されるが、これがすべての学校でとなると、状況は全く異なってくる。各地の教育委員会主催の講習会などで話をさせていただくときにも、この「温度差」の大きさにとまどうことも多い。

倫理という側面においては、この温度差は、単なる知識レベル、技術レベルの問題に還元しえない問題をはらむであろうことが予想される。あるいは、現実世界に対するおおむね共有されているレベルでの倫理観が、電子ネットワークという新しい領域における倫理問題に直ちに反映するとはかぎらない。今回のアンケート調査は、そのような問題を考えるための基礎的なデータを収集することを目標にしている。そもそも社会調査や統計処理などにあまり縁のない倫理学者が行う調査であるため(私個人としては、震災後の神戸で大量に行われたやらずぶったくり型の調査に憤りを感じたこともあって、そもそもアンケート調査というものはあまり好きではない)、アンケートとしては一風変わった形態をとっている。まず、学校における電子ネットワーク利用に際して発生することが十分予測される「事件」を物語風に記述し、そのうえで、これについての先生方の意見をいくつかの設問に答えていただく形でお聞きするという形態である。具体的な物語や設問については、社会調査の専門家のご指導をいただきながら作成中であるが、例として試しに私もひとつふたつつくってみようと思う。ご感想をお聞かせいただければ幸いである。

[事例1]

A小学校では、コンピュータのお絵かきソフトを使った図画を作成する授業を行っている。またそこでできた作品は、担任のC先生がクラスのホームページに掲載している。3年生のBさんは、いつも自由画の時間に描いていて先生に「上手だね」とほめられたこともある、大好きなキャラクターの似顔絵を、お絵かきソフトでとてもうまく描いた。ところが偶然そのクラスのホームページを見たある大学の法学部の教授が、小学校の校長先生に、そのホームページは著作権の侵害をしているので直ちに削除すべきであると電話で連絡してきた。あわてた校長先生は、C先生に命じてBさんの絵をホームページから削除させた。

[事例2]

D小学校のEさんは、県の写生コンクールで見事に特賞を獲得した。担任のF先生は、Eさんの両親の許しを得た上で、その絵とともに、賞状をもっているEさんの写真もクラスのホームページに掲載した。ところが、県の教育委員会は、F先生に写真の掲示をやめるよう通達してきた。

いかがだろうか。実はこれらの事例は、私が実際に現場の先生方から受けた質問をもとに構成したものであり、細かな状況の相違はあっても必ずこれから頻発するにちがいない問題なのである。私の個人的な見解もあることはあるのだが、重要なのは、こうした新しい問題にどう対処すべきかを考えるべきなのは、第一に現場の先生方だということだ。法律家はなんだかんだと言うだろうし、倫理学者もああだこうだと御託をならべるかもしれない。しかし、インターネットという新しい領域における規範の形成に参与するのはインターネットのユーザであり、まさにユーザである現場の先生方は、よそでつくられた規範システムを受容するだけの受け身の存在であってはならない。たとえば、あなたが[事例1]のC先生であったとして、児童のBさんにどのような説明をすべきかを著作権法の専門家は教えてはくれまい。インターネットを利用した教育という、これまでに例のないスタイルの教育を実践するということは、インターネットという、まさに現在進行形の巨大プロジェクトに参加するということなのだ。

今回の「アンケート」も、倫理学者が一方的にデータ収集をして、それを勝手に解釈するだけのものに終わってはならないだろう。もちろん、学問的分析を行い、それを何らかの具体的な提言へとつなげてゆくことは専門家としての職業的義務である。だが、倫理や道徳は倫理学者がつくるものではない。私としては、この「調査」が、情報倫理学の研究者と現場の先生方が共同で教育とインターネットに関する問題を考えていくきっかけになればよいと考えている。倫理学者が畑違いの社会調査のようなものに素人っぽく手を染めたのも、そのための手がかりを求めてのことにすぎない。

(1999年9月号)

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