1 情報倫理の構築プロジェクトについて


研究目的

「情報倫理(Information Ethics)」は、応用倫理学(Applied Ethics)」の最も新 しい部門の一つである。一般に応用倫理学とは、今世紀の後半に爆発的に発展し たテクノロジーが人間社会につきつけた新しい問題群に既成の社会的諸規範が即 応しえていないという問題意識に基づいて、現代社会特有の倫理的コンフリクト の解決をめざす学問領域であるといえる。先に拓かれた領域としての生命倫理や 環境倫理は、わが国においても一定の成果をあげているといってよいが、情報倫 理の領域は、わが国のみならず世界的に見ても未だ胞芽的な研究にとどまってい る。しかし、コンピュータ・サイエンスの急速な進歩、さらにはインターネット に代表される世界的なコンピュータ・ネットワークの発達がもたらした倫理的問 題の解決は、その緊急度の点においても最大級の課題となっている。特に、コン ピュータやネットワークの不正使用、ネットワークと文化間摩擦、プライヴァシー 管理、ネッワークにおける著作権や責任といった問題は、各種専門領域をこえて 早急に議論される必要がある。

本研究プロジェクトは、このような状態に対応すべく、国内においてすでにこの 領域での研究に着手している倫理学者を中心に、社会学、情報通信工学、法学な どの研究者の協力を得て、世界的レベルでの情報倫理学の構築をめざす。

研究計画の概要

まず、内外の情報倫理に関する資料を網羅的に収集し、ネットワーク上で利用可 能なデータベースを構築することが必要である。倫理問題の実例や、各国の法規、 各機関における倫理綱領などの一次資料に加えて、情報倫理に関するあらゆる研 究文献を収集し、国内初の情報倫理資料センターとしての役割を果たし得るもの が求められている。また、電子ネットワークの性質上、一国の政策決定や立法化 に限定されない視野が必須であるため、海外での実態調査や研究者との討議、研 究協力は不可欠であり、これにより先のデータベースも諸外国のそれとリンクさ れ、本研究も国際的な共同研究へと発展しうる。

さらに、当該の問題群への取り組みが相当の専門的知識を要求することに鑑み、 情報通信工学の専門家や社会学的分析を行なえる研究者との共同研究を行なう。 これについては、電子情報通信学会において開催されており、本研究のコアメン バーも参加している情報通信倫理研究会と連携した研究体制を確立する。

また、コンピュータの利用層が若年化していることを鑑みれば、情報倫理の問題 が情報教育との密接な関係を持つことは明らかであるが、この点についても内外 の教育機関との連携において、理想的な情報倫理教育のありかたを考察して、具 体的な教育システムの構築への提言を行なうことが目標とされる。このために、 100校プロジェクトなどの初等中等教育における試みと連携する。

年次計画

平成10年度

初年度においては、研究体制の基盤整備を行なう。まず、コアメンバーによって、 データ収集の方法について協議する。特にドキュメント化されていないものに関 しては、これまでの規範倫理学の知見をも参照しつつ、分類の方法など、データ ベース化のための予備的考察を行なう。しかしこれも、実際に収集作業を実行し つつ行なう必要がある。その他、コアメンバーは、9月にプリンストン大学で研 究打合せ、12月にロンドン大学で国際研究会出席、3月に京都大学で小規模の国 際シンポを開催の予定。

平成11年度

平成11年度においては、前年度に開発された手法をもとに、本格的にデータ収集、 データベース化の作業にはいる。研究の進歩状況に関しては、情報倫理ニューズ レターの刊行(隔月)により公開し、議論を喚起する。年度末には、情報倫理資料 集1および研究報告論文集1(以後毎年)を刊行する。国際研究集会への出席、国内 における数度のワークショップ開催も行なう。

平成12年度

平成12年度においては、前年度までの調査、研究を継続するとともに、データベー スおよびその検索システムの試験的な公開を行なう。成果報告としては、前年と 同様であるが、新たに初等・中等教育における情報教育のための素材集を作成す る。第2回国際シンポを開催する。

平成13年度

平成13年度においては、前年までの研究、成果報告が継続されるが、研究の仕上 げの一環として、倫理学系、情報工学系の学会においてシンポジウムを組織し、 それぞれの専門家からの意見聴取を行なう。また、情報倫理に関する教科書を出 版する。

平成14年度

平成14年度は、研究の総仕上げが行われる。データベースのさしあたっての完成 と、これ以降の新しいデータの組み込みのための体制の確立が行なわれるととも に、本研究の最終目的である、情報倫理ガイドラインの提案を作成する。これに ついてのコンセンサスの構築のために、第3回国際シンポを大規模、かつ公開で 開催する。


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