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「無登録農薬」によってクローズ・アップされる農薬取締法と農薬

加島由美子

1概説

現代、食に関する問題はBSE(牛海綿状脳症)、遺伝子組み替え食品の安全性に対 する是非、そして食品表示の偽装など、日本で起こったものを挙げても多数、広範囲 の領域に関わり存在する。そのなかで私たちが日々、口にするであろう農作物に使わ れていることが多い農薬が、消費者には思いがけない形で問題となったのが「無登録 農薬」についての事件である。

これは農薬取締法に反して、2002年7月30日に山形の一部の業者が、無登録 農薬を農家に販売していたことが発覚、逮捕され、更に、その山形の業者に輸入、販 売していた東京の業者が2002年8月9日に逮捕されたことに始まる。現在、44 都道府県で270の業者、個人が販売し、4000戸の農家が購入したことが立ち入 り検査などで分かっている。そして販売された無登録農薬は10種類に及ぶ。<1> それにともない無登録農薬を使用していた果物などの全量廃棄や、自主回収が相次い だ。無登録農薬であることを知りつつ使用していた農家があった一方、過去に購入し た農薬が無登録になったこと、つまり登録が失効したことを知らずに使い続けていた 農家があったことも明らかとなった。これは農薬に関する情報が、消費者のみなら ず、それを使用する農家にまで十分に伝えられていなかったことを示しているように 思われる。それだけではなく、安全な農作物を提供する義務がある農業協同組合 (JA)の一部が無登録農薬を農家に販売し、職員が逮捕されている。

価格の安さなどに伴い、店頭に並ぶことや食品に使用されることが多くなった中国 野菜の残留農薬が、メディアなどで取り上げられるなか、日本でも安全性が確保され ていない農薬が、一般的に使用されていたという事態に消費者の衝撃は大きかった。

以下では、まず無登録農薬の定義とその種類を説明し、次に従来の農薬取締法と、 この事件で明確となった法の問題点、及びそれに伴う法改正を説明する。そして、そ の法改正で新たに生じた農薬制度「特定農薬」の問題や、農業で大きな役割を果たし ている「農業協同組合(JA)」についても言及する。

2無登録農薬とは?

無登録農薬とは、製造、輸入、販売するために農林水産省から農薬取締法によって 登録をうけていない農薬のことである。だが、その無登録農薬には三つのケースがあ る。<2>

(1)無登録農薬3つのケース

ケース1 過去、そして現在においても農薬取締法によって登録されたことのない農 薬。

ケース2 一度、農薬取締法によって登録を受けたが、3年間の有効期間を過ぎ、登 録更新手続きを何かの理由で行わなかったため無登録になった農薬。つまり、登録失 効農薬。

ケース3 ある特定の農作物には使用が認められている(登録されている)が、その 他の農作物には使用が認められていない、その意味で無登録の農薬。正確には適用外 に使用された農薬。

ケース2の有効期限を過ぎ更新手続をする場合には、再び安全であることを立証す るために三年前と同様の動物実験による毒性試験などの各種試験データが、新たに必 要となる。(農薬登録制度の試験内容などについて、詳しくは下記)。ケース3は、 ある特定の農作物の病気に対して指定された農薬は、たとえ同じ病気に効果があると しても、他の農作物には使用できないことになっている。  

(2)10種類の無登録農薬

今回の事件では次の10種類の無登録農薬が摘発された。

3農薬取締法について

(1)どのような目的で施行されたのか

農薬取締法は、国民の健康の保護と生活環境の保全に寄与するために、農薬につい て登録制度を設けることで販売及び使用の規制等を行う。それによって農薬の品質の 適正化、その安全と適正な使用の確保により、農業生産の安定を図る目的のものであ る。<4>

(2)農薬の登録制度(従来)

農薬の登録制度は、農薬の安全性を確保するために、農林水産省の管轄下で、農薬 取締法に従い登録されたものだけが、製造、輸入、販売を許可される制度である。し かし、一度登録されたからといって、その農薬がずっと有効なのではない。三年ごと に登録更新手続きが必要となる。その更新を行わなければ、登録は失効する。

農薬を新たに登録申請するときも、また更新手続きの場合も、安全性のために農薬 業者、輸入者は様々な試験を行わなければならない。試験は病害虫への効果、農作物 への害、及び残留性、人や動物に対する毒性などである。その試験成績に加え、農薬 の種類や成分、使用方法などの資料とともに、独立行政法人農薬検査所を経由して農 林水産省に提出、申請することになっている。もちろん農薬検査所においても検査を 行う。試験内容は、急性毒物性試験、繁殖試験(生殖機能や新生児の発育への影響 を、動物に2世代にわたり農薬を投与して調べるもの)、催奇形性試験(妊娠動物に 農薬を投与し、胎児への影響を調べるもの)など数多くのものがある。<5>(検査 の内容、参照)

従来の農薬取締法の最も特徴的な問題点は、販売した場合には違法として罰せられ るが、輸入、使用しても、規制はあるが罰則がないことである。このため、無登録農 薬の使用が拡大した一因があると思われる。

(3)農薬取締法の改正

無登録農薬の一連の事件、出来事によって、今後このような事態にならないために 農薬取締法の一部を改正することとなった。それは無登録農薬が輸入されないための 監視及び、販売されないための罰則を強化する。使用に関しては法的な禁止をもうけ るものである。これによって、食の安全性を確保するとともに、失った消費者の信頼 を取り戻さなくてはならない。2002年12月11日に公布され、2003年3月 10日に施行予定である。

(4)改正内容

無登録農薬の製造及び輸入の禁止

従来は製造、輸入しても販売さえしなければ違法とならなかった。しかし、改正後 は製造、輸入することも違法となり、業者だけではなく個人輸入なども罰則の対象と なる。  

輸入者代行業者による宣伝を制限し、虚偽宣伝等を禁止

インターネットなどを通して、輸入代行業者が無登録農薬の個人輸入を勧誘すると いった状況を踏まえて、そのような業者の広告を制限するとともに、虚偽の広告(農 薬が登録されていると誤認させるような広告)を禁止する。    

無登録農薬の使用を規制

<4>無登録農薬という認識がありながら、一部の農家が使用したという事態を踏まえ て、無登録農薬を使用することを禁止する。

農薬の使用基準の設定

登録農薬であっても遵守すべき基準、適用作物、希釈倍率、使用期限、使用回数に 違反して使用することを禁止する。  

罰則の強化

罰則があるにもかかわらず、無登録農薬の違法な販売が行われていたのは、農薬に 係わる法律違反の罰則が低いこと(販売した場合は、1年以下の懲役もしくは5万円以下の罰 金)、法人には罰則が科せられなかったことが挙げられる。そのため、製造、販売、 使用したものには、自然人においては3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰 金、法人においては1億円以下の罰金を課することとした。<6>

4農業協同組合(JA)について

(1)農業協同組合とは?

農業協同組合とは農業に従事する人たちの協同組合であり、その組合員の参加と結 集によって活動、事業を行う組織である。以下では農協と述べる。農作物に関わる具 体的な活動、事業は、第一に農業生産に必要な農薬などの資材を共同で購入するこ と。第二に組合員が生産した農作物を共同で販売することである。

農協は農作物に関わることだけでなく、信用事業や共済事業などさまざまな事業に 携わっているため、市町村地域・都道府県・全国と三段階の組織が構成され、その全 体をJAグループという。一般的に農協といわれるのは、JAグループのなかで市町 村段階において活動する一組織である。農作物に関して、重要な事業を担っているの が全国段階で経済事業を行う「全国農業協同組合連合会」だ。略して「全農」と呼ば れる。主なその事業内容は、第一に組合員が生産した農畜産物を消費者に届ける販売 事業。第二に組合員が必要な農薬などの資材を供給する購買事業である。さらに詳し く述べると、農家に届けるために飼料、肥料、そして農薬などの資材の原料を海外か ら直接輸入したり、業者から買い取る窓口は全農である。そして、農家の生産した農 作物を農協、JA経済連を通して、卸売業者、小売店などに販売するのが全農なので ある。そして最終的にその農産物は消費者の手に届けられる。  

このようなことから農産物に関わる問題において、農林水産省に続いてJAグルー プの責任と役割も重大なものである。そして、それにもかかわらず上記したように一 部の農協が、農家に無登録農薬を販売した。このことを踏まえて、JAグループにお いても対策がなされることになった。

(2)JAグループの安全対策 その1―無登録農薬対策

第一に、農作物の生産者に、毎回無登録農薬を使用していないという確認書の提示 を求めることや、出荷前に農薬検査を実施することを推進する。第二に、無登録農薬 が使用された、またそのように推測される農作物を原材料として使用している加工品 は、その加工食品の製造元と協議し、必要に応じて残留農薬検査を実施する。そして 第三に、取引先に対して、安全の確認状況、及び残 留農薬試験の結果を公開して、的確に情報を提供する。これらは、早期に農作物の安 全宣言を行うためのものである。

また農作物の生産者や農協(JA)に対して、講習会を実施したり、農家を巡回訪 問することでの、農薬の安全使用を徹底、さらにポスター、チラシなどの配布によっ て啓発活動を行う。この強化によって農薬の不正使用をなくすことを目指す。そし て、適切な散布など安全な防除運動の取り組みを強化する。  

(3)JAグループの安全対策 その2―全農安心システム

全農安心システムとは、全農のトレーサビリティ(traceability)のシステムであ る。トレーサビリティとは、追跡可能性と訳されるもので、製品に識別番号などをつ けて、生産、加工、及び製造、仕入れ、販売などの流通の各段階においての記録や製 品の状態についての情報を残しておくことによって、製品の行き先を追跡し、また逆 に履歴情報を遡れるようにするシステムである。

全農では農作物の生産段階から、指導を行い、最終的にはインターネットで情報開 示を行っている。さらに、このシステムによって認められたも商品だけに、「全農安 心システムマーク」が貼付 されている。<7> 

5特定農薬について

上で述べた農薬取締法の改正によって、新たに問題となったのが特定農薬の制度で ある。

これは、改正にあたり、農薬取締法で登録されていないものは全て使用できなくな る。しかし、農薬として登録されていないもののなかには、今まで農家が使ってきた 明らかに安全なもの、また安全と思われるものがある。例えば、農作物の防除に使う 薬剤や食品、天敵が挙げられる。このままではそれらも使用できなくなってしまうた め、「特定農薬」に指定して使えるようにしようとしている制度である。

(1)特定農薬とは?

改正によって無登録農薬再発防止のために、製造、輸入、販売には登録が必要であ る。だが、原材料に照らして害を及ぼすおそれがなく、安全性があきらかなものであ り、そのため農林水産大臣と環境大臣が指定して、農薬登録から除外されたもののこ とを「特定農薬」という。これは、農家が製造する安全な資材まで登録するという、 過剰規制を避けるものであり、改正農薬取締法第2条第1項に基づく。<8>

(2)何が問題なのか?

まず、特定農薬の候補に挙がった数多くのものが、アイガモ、アヒル、スズメ、カ エル等の生物や、木酢液、牛乳、ビールに石鹸水などであった(<9>の候補に挙げ られた主な品目 参照)。これらが農薬と呼ぶに相応しいものであるのかということ が問題となった。また、今まで使用してきた防除資材が特定農薬として指定されなけ れば、無登録農薬となってしまい規制の対象となりかねない。食品を使用した防除な どは、どこまでを特定農薬の範囲に入れたらいいのか、またどこからが違法でそうで ないのかの区別が付きにくい。また、効果が不透明なものを農薬としてもよいのかと いう問題もでてきた。

このことから、農家や研究者など、農業に携わる人々から、疑問と反発の声が上 がった。そのため、農林水産省と環境省は2003年2月10日から24日まで、 「特定農薬の指定」に関する意見募集(パブリックコメント)を行った。その結果、 最初に挙げられたものはほとんど特定農薬に指定されなかった。特に生物は、最初か ら農薬ではないとして除外された。指定されるものは、殺菌効果のある食酢に重曹、 そして使用される場所の周辺で生息する、また採取された天敵である。そして、効果 が明確ではないなどの理由から、農薬かどうか判断が保留されたものは、それを販売 することは法律で違法の対象となるが、使用者が自己の責任と判断で使用することを 認めている。また、この制度の趣旨を分かりやすくするために、そして一方で、呼び 名が不評なこともあり「特定農薬」という名称を、「特定防除資材」と呼ぶことが考 えられている。<10>

6生産量の少ない農産物について

上記の無登録農薬三つのケースにおける、ケース3の農薬制度についてさらに詳し く述べる。

他の農作物に比べて生産量が少なかったり、ある特定の地域だけで生産されている農 産物は、その少なさゆえに農薬使用量も少ないことから、コストの面から農薬メー カーであまり農薬が造られず、その農作物に使用されることが登録され、認められて いる農薬が限られているばかりでなく、ない場合がある。

それにもかかわらず、たとえ同じ病気に効くとしても、特定の農作物の病気に対し て指定されている農薬を使用することはできない。このため、生産量の少ない農作物 は、上記にあるように他の農作物に登録されている農薬を使用し、防除が行われるこ とがあった。しかし、今回の法改正で、適用外の農薬を使用した場合は罰せられる。 そのため、各都道府県から他の農作物の「登録農薬」になっているものを、生産量の 少ない農作物にも使用できるように適用を拡大してほしいという要望がだされた。こ の要望をうけて農林水産省は使用の安全性を基本に、生産量が少ない農作物を、生産 量が多い農作物とともにグループ化しようとしている。しかし、それでもまだ適用が 少ない、またない、生産量の少ない農作物が存在する。そのため、省令によって、都 道府県知事がその農作物と農薬を農水大臣に申請し、その承諾を受ければ、登録農薬 を整備する経過措置として、一定期間、適用外農薬を使用できるようにしようとして いる。<11>

まとめ

上記で、無登録農薬について行われた農林水産省の法改正や、JAグループの再発 防止の取り組みを見てきた。しかし、だからといって農薬についての問題点が全て解 決されたわけではない。その問題点の一つが、「特定農薬」の制度である。今回、特 定農薬として保留された資材は、生産者の判断において使用されるかどうかが委ねら れている。効果が明確でないものをその判断だけを拠り所にして使用することは、消 費者が安全性において危惧するところである。そして問題点の二つ目は、登録失効と なった農薬を農家に通知することが徹底されていないことであり、また期限切れ農 薬、失効農薬の回収をどうするのか、ということである。これについて農林水産省は 上でも述べたように改正法で、使用期限を過ぎて使用することを禁止しているが、そ れのみである。また、回収に関しては、産業廃棄物処理業者に委託するように農家や 農協を指導するとしている。一方、JAグループは上記にあるように、農家などを巡 回訪問し、情報を提供することで不正使用がなくなることを目指しているが、失効農 薬の通知、回収についての明確な記述がない。農林水産省はこの問題に関してはJA グループまかせのように見受けられる。また新たに、非農耕地用の農薬を農地に使用 することを目的に販売する業者がでてきている。このようなことから、さらなる法の 整備と取り組みが必要であると考える。そして、このことを踏まえて消費者にも、そ して生産者にも安心と安全性を保証し、農薬に関する明確で十分な情報を提供する必 要がある。

農薬は私たちの日常生活において、遠いものであるように思われるが、その存在は いつのまにか欠かせないものとなってしまっている。それは消費社会による大量生産 などの需要に応えるためである。また旬に関係なく、一年中食べたい農作物を手に入 れたい、きれいな農作物、例えば虫食いの穴がないものなどを求める消費者のニーズ に答えるためでもある。これらを可能にしているのが農薬である。さらに農家の人手 不足も理由の一つに挙げられる。だからといって安全性が確保されていない農薬を使 用することは、誤りである。なぜなら、食に関する問題は私たちの安全だけではな く、その影響が人間や動植物の体内、土壌や水などに蓄積されることを通して未来に も引き継がれることにより、世代間を超えたものであると考えるからである。

参考ウェブサイト

参考箇所


(かしまゆみこ)
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