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無線LANは夢の機械ではない

喜多弘幸

概略

旧来、小規模なLAN(Local Area Network)を利用しているオフィスや研究室では太いケーブルが何本も机の裏や床にうねっていた。これはかなり邪魔であり、見苦しいものであった。またケーブルの長さに制約があるため、せっかくバッテリーを内蔵したノートパソコンであっても、ネットワークケーブルによって移動の自由が損なわれていた。なにより、10本以上ものケーブルが集中するハブ装置の周りではケーブルが絡み合っていてそれらの管理も大変だった。ここ1・2年の間に普及してきた無線LANはこれらの難点を一挙に解消するものとして脚光を浴びている。ケーブルは必要なく、速度も数Mbps程度と実用上十分であり、また多くのメーカー間の競争により無線LAN製品の価格も下がってきたことなどから、現在かなりのペースで普及が進んでいる。

一見したところ、利点ばかりが目だっている無線LANではあるが、いくつかの欠点も併せ持っている。これらの欠点については使用者が十分認識しておく必要があると考えられるが、現状ではそれがなされているとは言い難い。なお、ここで言う無線LANは2.4GHz帯を利用して最大11Mbpsの速度[1]で接続するIEEE-802.11b対応の無線LANである。その他の規格は周波数も違うなどでここで挙げた欠点が当てはまらない可能性があるが、余り一般的でないので取り上げない。

現状での欠点

(1)他の高周波機器からの影響

無線LANが使用している電磁波の基本的な性質として、使用している周波数が重ならなければ同じ場所でも使えるというものがある。同じラジオからいろいろな放送局の信号がより分けられて出てくるのは、それぞれが離れた周波数を使っているからである。ところで、使える周波数の幅というのは事実上有限である。したがって国際電気通信連合や各国が各用途への周波数の割り当てを厳格に管理している。

無線LANが使用している周波数帯は産業科学医療周波数帯(Industrial, Scientific and Medical band:以下ISMバンド)と呼ばれている。各種制限が緩やかで、各種高周波機器などが利用している。例えば、電子レンジ・高周波治療器・減圧乾燥機・万引き防止システムなどがこの周波数帯を利用している。これらの機器はISM機器とも呼ばれたりする。ISM機器が動作している近くで無線LANのシステムを使おうとしても、通信が遮断されたり速度が低下したりする可能性がある。実際に郵政省東北総合通信局の行った実験結果がある[2]。

(2)無線LAN機器同士の干渉

無線LAN機器同士も一定の周波数帯を分け合っているので相互干渉し、通信速度が低下する。無線LAN機器の説明書を見る限りでは13チャンネルが使用可能であると書かれているが、実際にはそれぞれのチャンネルの周波数帯は重なり合っているので相互干渉無しに使おうとすると4チャンネルしか使用できない。それ以上に無線LAN機器が過密であり、相互干渉を承知でチャンネルを設定する場合には、速度低下が起こったり、通信の順番待ちでデータの受け渡しが一時停止したりする。この場合も東北総合通信局の実験がある[3]。

(3)セキュリティの脆弱性

これは、すでに多く取り上げられている欠点である。無線LANは無線であるがゆえに、基本的には開かれたアクセス手段である。電波を遮断できるような壁を張り巡らしていない限り、室外の無線LAN機器からの電波も室内の機器に到達する。不正アクセスを防ぐために暗号をはじめとして様々な手段が試みられている。通常売られている無線LAN機器に備わっているのはESSID[4]、MACアドレス規制[5]、WEP[6]のような機能であり、これらを実際に組み合わせて使用すればある程度のセキュリティ効果は得られる。しかしこれらは熟練したクラッカーには突破するのが難しくない。そのうえ、実際にはこれらは使われないことが多い。設定が面倒であることと、暗号化技術はデータ転送速度の低下を引き起こすことが理由である。より高度な暗号を使用した機器もあるがそれらは高価であるし、よりいっそう速度が低下するので特に秘密を守る必要のある場所でしか用いられていない。

何が起こりうるのか

(1)のようにISM機器から無線LANが影響を受けた場合、そのことでISM機器使用者に文句を言うことは出来ない。それは無線LANが免許を必要としない代償として通信の品質に関して法的保護を受けられないからである。したがって、無線LAN機器はこれらISM機器の使用されている場所から離れて使用しなくてはならないし、ISM機器の近くでは使用上の不便を甘受しなければならない。通常、無線LANは住宅地やオフィスが使用場所だと考えると、問題になるのは電子レンジと万引き防止システムなどであろう。資料1においてもコンビニエンスストアや料理店の大出力の電子レンジからの影響が懸念されていた。

(2)の無線LAN同士の干渉に関しては、(1)に似ているように見えて実は余り問題ではない。というのも、無線LANの規格上それぞれの機器が譲り合って使用できるようになっている。たとえ同じチャンネルに全く別の無線LAN機器が混在していても、速度低下・一時停止ぐらいは起こるが通信不能というわけではない。使用者によっては速度が遅いとか反応が悪いとか感じるかもしれない。

(3)についてはこれまでに様々な形で指摘されている。実際に無線LANに接続可能な機器を持って街中を歩いてみれば、セキュリティ対策の全くなされていない無線LAN機器にアクセス可能で、しかもそこからインターネットに接続できるということがあるといわれている。これはプライバシーの問題である一方で、別の深刻な問題の可能性も存在する。不正アクセスを経由して、さらにインターネット上のコンピューターに攻撃が加えられた場合、攻撃を受けた側が探り当てられるのは、不正アクセスされた無線LANの管理者までである。被害があった場合に、セキュリティに対する注意を怠ったとしてそうした無線LANの管理者が訴えられ、損害賠償を求められる可能性は十分あり得るという[7]。

まとめ

以上見てきたような、無線LANに備わるISM機器からの干渉、無線LAN相互の干渉、セキュリティの脆弱性についての認識がないと、無線LAN機器があたかも夢の機械であるかのような印象を持ってしまう。その意味で、現状では安易に無線LANの導入が進んで行き、後で上記のような欠点により不具合や問題が起きる可能性がある。(3)についてはこれまでの指摘にも拘らず十分な対策がなされているとはいえないが、このことはネットワークセキュリティ一般への意識の低さとも関係しているのだろう。特に地方の役所においての無線LAN利用は住基ネットなど重大な情報を取り扱うのだから十分なセキュリティ対策が要求されるだろう。(1)(2)については未だ研究・調査が十分でない感がある。東北総合通信局の調査を嚆矢として、大都市において当該周波数の混雑具合はどうなのかといった調査が待たれる。

[1] 理論上最大値であり、実際には半分程度の速度である。本文中の速度低下というときにはその実際の速度からさらに低下するということである。

[2] 資料1第3章第3節

[3] 資料1第3章第4節

[4] Extended Service Set-IDentifierの略。グループ名を設定して、それが合わない無線LANシステムとは接続しなくするもの。

[5] 各機器固有のアドレスであるMACアドレスで接続相手を制限するもの。

[6] Wired Equivalent Privacyの略。暗号化技術。

[7] 資料3を参照

参考資料

1 地方都市における2.4GHz帯の電波環境と利用に関する調査研究 報告書

http://www.ttb.go.jp/houkoku/24g/index.html

総務省全体というよりは地方の総合通信局ベースで様々な研究がなされている。「さしあたって東北地方では問題は無い」との結論から言っても、関東・東海・近畿などでの調査研究は早急に必要であろう。

2 RBB TODAY (xDSL/FTTH/CATV/FWA ブロードバンド情報サイト)-:2002/10/22

日立、無線LANのスループットを5倍にまで高める新技術。三辺測量によるナビゲーションの実現も

http://www.rbbtoday.com/news/20021022/9098.html

逆に言うと、現状ではスループット(実効速度)は最高速度の5分の1程度であるということだろう。無線LAN相互の干渉はすでに一部では深刻な問題であるかもしれない。

3 もはや無視できない? 無線LANのセキュリティ

http://www.zdnet.co.jp/news/0207/05/ne00_wireless.html

特に「warchalking」(外でセキュリティの甘い無線LANを見つけたらチョークで特別のしるしをつけるという行為)と、無線LAN管理者に対する訴訟の可能性にいて。


(きたひろゆき 京都大学文学部)
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