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和歌山混血ザルはなぜ問題か?

清水万由子

1.はじめに

2000年8月、和歌山混血ザル問題が報道され、話題となった。 和歌山県の山中でニホンザルとタイワンザルの交雑種が発見され、和歌山県は、野生化したタイワンザルと交雑ザルを全頭捕獲し安楽死させると決定したのである。紆余曲折を経て、和歌山県は2001年9月にタイワンザルと、ニホンザルとの交雑種の全頭捕獲・安楽死を決定し、計画を実行中である。捕獲のための餌付けが順調でないという話も伝わるが、(毎日新聞2002年2月8日記事http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200202/08/20020209k0000m040023000c.html)この「和歌山混血ザル問題」は、一時のような世論の注目を浴びることはなくなった。しかしここでは、混血ザルの何が問題なのかを整理し、改めて問題の重要性を示したい。

2. 交雑ザルの発見

1998年4月、和歌山県でニホンザルとタイワンザルの交雑ザルが初めて発見された。ニホンザルの尾は10センチ程、タイワンザルの尾は40センチ程だが、このサルの尾は29センチだった。 和歌山県は1999年の調査で、和歌山県北部の大池地域(和歌山市と海南市の境界付近)で タイワンザルが野生化して繁殖し、ニホンザルとの交雑が進んでいることや、 農業被害を引き起こしていることを確認した。

タイワンザルとニホンザルは、同じMacaca属の種であり、比較的近縁である。交雑種をつくること ができるが、数十万年前に分化しそれぞれの地域に適応しながら進化してきた結果、遺伝子には多くの差異があることがわかっている。 生息域が海に隔てられているので自然な状態で両種が交雑することはなく、和歌山のタイワンザルは、和歌山市と海南市に隣接する貴志川町にあった遊園地が1954年に閉園された際に逃亡した数匹を起源とすると考えられている。

和歌山県の調査では、1999年7月時点で大池地域に170〜200頭のタイワンザルと交雑ザルが生息している と推測された。

3. 和歌山県はどうしたか

和歌山県はこの状況を問題とし、2000年8月〜10月に和歌山県サル保護管理計画対策検討会を開催し、計画案(捕獲・安楽死案)を提出した。

その後、計画案についての地元説明会と公聴会を開催したところ、一般住民や公述人から安楽死以外の措置を検討するようにとの意見が寄せられた。

そこで県は、生存案について、(1)無人島放逐(2)飼育施設建設(3)避妊処置後再放逐(4)県有林を柵で囲った中に放逐の四案を検討したが、いずれも採用困難とした。

県民の意向を把握するため、2001年4月、1000人を無作為抽出して県民アンケートを行った。動物園で飼育管理するか、安楽死させるかの二者択一形式で、結果は65%の回答率で動物園飼育管理支持が34%、安楽死支持が64%だった。

県は審議会を開催して保護管理計画についてさらに検討を重ね、2001年9月、タイワンザルと交雑ザルを全頭捕獲し原則安楽死させることを決定した。

4. 何が問題か

さて次に、このような経緯で安楽死させられることになった和歌山混血ザルの、何が「問題」であるのかを、和歌山県サル保護管理計画( http://www.wakayama.go.jp/prefg/032000/saruhogokanri/annai.html)をもとに整理してみる。

和歌山県はなぜタイワンザルと交雑ザルを捕獲(生態系から排除)しようとしたのだろうか。保護管理計画は、その目的を「生態系のかく乱を防止する」こととし、計画の実施によって(結果として)「農作物被害の削減に寄与する」ことになる、と言っている。では、タイワンザルと交雑ザルが「生態系をかく乱する」というのはどういうことか。和歌山県が「生態系」と言う時にどのようなものを想定しているのかは定かでないが、計画策定の背景および目的として、次のようなことがあげられている。

  1. 和歌山県にはニホンザルが生息し、豊かな自然環境の一部となっている。 ニホンザルの個体群は、本州全域の中でも貴重な存在として位置づけられている。
  2. ニホンザル地域個体群の存続と人間活動との調和を図る立場から、適切な保護管理を推進する必要がある。
  3. タイワンザルや交雑ザルの繁殖が続くと、生息域および被害地域が拡大し、ニホンザルの遺伝子かく乱が本州全域に波及することが懸念される。

こうしてみると、計画の目的は、農業被害など人間への害を防ぐことと、ニホンザルのという種の保存(ニホンザルの遺伝子にタイワンザルの遺伝子が混じることを防ぐ)であると考えられよう。

なお、和歌山県サル保護管理計画は、1999年鳥獣保護法改正によって定められた特定鳥獣保護管理計画にあたる。特定鳥獣保護管理計画とは、科学的調査に基づいて、対象となる動物の地域個体群ごとに総数調整をするための管理計画を作るというものである。

5. 計画は妥当か

和歌山県の保護管理計画には、問題があったのか。この「和歌山混血ザル問題」は大きな反響を呼び、インターネット上には今も「混血ザル関連サイト」が多く存在している。それらを含めた様々な観点からの意見を参考にして、計画の根拠となる意見と、それぞれに対して提示しうる反対意見を次に簡単にまとめ、コメントを付す。出典を記していない意見は筆者によるものである。

根拠1:ニホンザルの遺伝子が変わってしまう。

はじめに見つかった交雑ザルはニホンザルの生息域で見つかっている。これはタイワンザルの群れから離れた個体がニホンザルの群れに入り込んで交配を行っていることを示しており、この群れが「ニホンザル」の群れでなくなる可能性がある。このことについて、「ニホンザル野生集団にタイワンザルの遺伝子が拡散し、純粋なニホンザル集団が消失する危険がある」という懸念や(『日本生態学会誌』2001,51巻)、「タイワンザルの遺伝子が流入することで、数十万年にわたる独自の進化の結果であるニホンザルの遺伝子構成が変化してしまうかもしれない」という懸念がある。 (瀬戸口明久http://ha3.seikyou.ne.jp/home/setoguchi/pap_0203.html)

反論1-1:ニホンザルとタイワンザルはほとんど同じ種で、問題はない。

ニホンザルとタイワンザルは交配できるのだから、生物学的には同じ種である(大葉もみじhttp://members.tripod.co.jp/over_momiji/kankyo/kankyo01.html)という意見。種の定義としてもっともよく知られているマイヤーの「生物学的種概念」は、種を交配が可能な個体群と考える。つまり、二つの個体群間の交雑で不妊でない個体が生まれたら、両個体群は同種とされる。また、これを補強するものとして、タイワンザルが持ち込まれたのは人為的であったが、交雑自体は自然なもので、人為的に起こったのではないという指摘。(日本熊森協会http://hb6.seikyou.ne.jp/home/kumamori/news13.htm)

反論1-2:交雑ザルも生物多様性のひとつだ。

ごく素朴な受け止め方ではあるが、ニホンザルとタイワンザルに、交雑ザルという存在が加わることは生物の種類が「多様」になってよいではないかという意見。 (大葉、中村生雄http://bun110.let.osaka-u.ac.jp/member/nakamura/konketuzaru.htm)「生物多様性」とは、生物界の様々なレベルにおける多様性を含んでいる概念である。種内における遺伝子の多様性、種の多様性、生態系全体としてのあり方の多様性の3つに分けられることが多い。

コメント1

そもそも、「種」とは何かという点で混乱が生じている。種の概念は生物学者の間でも議論が分かれており、「種の定義」や「異種であることの判定基準」には統一的な見解がないというのが現状らしい。種を判別する基準を、次世代を生み出せることではなく、見た目の違いや遺伝子配列の違いに求めることもできるのである。(秋元信一「種とは何か」『講座・進化7 生態学から見た進化』,東大出版会,1992)とすると、根拠1も反論1-1も一つの見方であるとしか言えないであろう。

また、「生物多様性」は保たれるべきだとしても、交雑ザルが「多様性」を促進するといえるかどうかははっきりしない。根拠1のように、ニホンザルとタイワンザルは異なる種で、数十万年にわたる独自の進化の結果としてそれぞれを種と認めるならば、種内の遺伝子の多様性を促進するとは言えないし、交雑ザルが「新しい種」であるとも認められないであろう。しかし、「種」の定義が明確でないのでこのような反論を招いている。

根拠2:生態系の微妙なバランスに有害な影響を与えているかもしれない。

タイワンザルのように本来の自然状態では生息せず、人為的に持ち込まれた種を「移入種」と呼ぶ。移入種が在来種を捕食・駆逐したために持ち込まれた先の生態系のバランスが崩れ、在来種の絶滅まで招くケースや、人間に危害を与えるケースがある。琵琶湖に放流されたブラックバスが在来の魚の脅威となっているという話は聞いたことがあるだろう。(日本自然保護協会http://www.nacsj.or.jp/database/inyudobutu/inyudobutu-index.html) このように、移入種は地域の生態系にどんな影響をもたらすかわからない。タイワンザルも、ニホンザルと生態が違っていれば、他の生物に影響を与えているかもしれない。

反論2-1:有害性の証明が必要である。

和歌山のタイワンザルと交雑ザルの群れはニホンザルに比べて生息密度が著しく高く、繁殖が拡大している。また、タイワンザルは台湾では岩場に生息しているというが、タイワンザルと交雑ザルが生態系にどのような影響を与えているかはよくわからない。「タイワンザルは移入してから50年が経過しており、予防原則を適用すべきではなく、むしろこれから害を与えるという有害性を証明すべきである」という意見。(瀬戸口)

反論2-2:維持すべき生態系とはどんなものかを問う必要がある。

タイワンザルが野生化することで、地域の生態系が何がしか変化することはおそらく事実であろう。しかし、その変化が生態系に「有害」であると言えるのは、その背景において「あるべき生態系、維持すべき生態系」を想定しているからである。その想定は、科学的知識から導出されるものではないだろう。なぜニホンザルの遺伝子が変わることがいけないのか。タイワンザルと交雑ザルが地域の生態系にとって「害」だという主張者は、その理由を説明し、議論を求めるべきである。

反論2-3:すでに交雑は進んでおり、完全な排除は不可能である。

タイワンザルやニホンザルの寿命は15年程度であるから、すでに3世代が経過したことになる。タイワンザルと交雑ザルを排除すべきだとしても、全頭捕獲することなど不可能で無駄である。また、和歌山県だけで排除しても、タイワンザルや交雑ザルが他県のニホンザルの群れに入り込んでいる可能性はある。

コメント2

反論2-2に関して、松田裕之(生物物理学)は、守るべき自然とは「長い進化の歴史の中で培われてきた生物の生き様」であるという。(『環境生態学序説』共立出版,2001)また、羽山伸一(野生動物学)は「移入種の存在やそれを許容する人間の行為を悪と認め、ありまのままの自然に価値を求めるという立場に立たねばならない」という。(『野生動物問題』地人書館,2001)これらの主張が、なぜそう言えるのかを考えてみる必要があるのではないか。

ただ、和歌山で実際に問題となっているのは生態系への影響というはっきりしない「害」よりもむしろ、人間生活への影響という明らかな「害」であろう。

根拠3:農業被害を食い止めるために排除はやむを得ない。

和歌山県では、サルによる農業被害額は1999年度で約9360万円にのぼる。タイワンザルの捕獲、安楽死計画は、農家の人たちの目から見れば、有害鳥獣駆除以外の何ものでもない。避妊処置では農業被害と生活環境被害を防ぐことはできない。農業被害対策ということで安楽死させるなら文句はない。(大葉)

反論3-1:ニホンザルも農業被害を起こしている。

農業被害は、ニホンザルを含むサル全体が起こしている。実際、和歌山県では毎年ニホンザルが有害駆除されているという。タイワンザルと交雑ザルだけを安楽死させる理由としては不十分である。

コメント3

建前上の目的を「生態系のかく乱を防止すること」としたために、おそらくは本当の目的と考えられる農業被害対策としての整合性が失われてしまうという状態に陥ってしまったのではないか。

そのほか、和歌山県がタイワンザルと交雑ザルを捕獲、安楽死させるという決定を下した過程について、問題が指摘される。

和歌山県が行ったアンケートは問題がある。

排除を前提としていること、安楽死に賛成したのは1000人のうち4割ほどだったこと、交雑ザルを排除する理由の説明が不十分であることは問題である。(瀬戸口)また、アンケートには飼育管理と安楽死それぞれの場合にかかる費用が書かれていた。費用が少なくてすむ安楽死案を誘導しているとも考えられる。(日本熊森協会)

和歌山県の審議会は問題がある。

審議会の7名の委員は、県猟友会長、野鳥の会県支部長、大学教授、県警本部長、県森林組合連合会長、県観光連盟理事、和歌山地検検事正だった。このメンバー構成は立場に偏りがあるのではないか。 また、捕獲・安楽死の方針は事実上すでに決定しており、審議会は機能していなかった。(日本熊森協会)

5. 最後に

和歌山混血ザル問題は、野生化した交雑ザルのような、人間の行為によって変化する生態系に、どう対処すべきかについて重要な示唆を与えているように思われる。答えは容易に出ないのかもしれないが、和歌山県は少なくとも自らがとる立場について県民や関係者に詳しく説明し、理解を得ようとする努力をもっと行うべきだったと考える。

参考文献

 
この記事終わり