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各国の医師の職業倫理

佐々木拓

本記事は『日本医事新報』No. 4052(2001年12月22日号)において「医師の職業倫理」という題の下で組まれた特集を基として、ドイツ、アメリカ、フランス、イギリスの4カ国の専門家としての医師に課される倫理規範のあり方を紹介するものである。本記事の目的は、各国の医師の倫理規範の内容とそれを守らせる制度の確認である。従って、採用されている規範の内容の検討などは行なわないものとする。
なお、以下の記事中にある著者名に貼られたリンクは当人のWebサイトに対するものであり、団体名に貼られたリンクは当該団体のトップページに対するものである。また、各国の倫理規範の原文に関しては、当該ページに直接アクセス可能な限り、原文のUPされたページにリンクを貼った。

ドイツ:岡嶋道夫「ドイツにおける医師の職業倫理」

ドイツにおいては医師の職業倫理規則が法律に準ずる地位をもち、医師用の裁判所までが存在する。本稿では岡嶋東京歯科大名誉教授による報告を紹介する。

医療倫理と医師職業規則

「医師のための職業規則(Berufsordnung」は医師の行動規範であると同時に、制裁による強制力をもっている。規定されている項目は以下の通りである(全文は岡嶋名誉教授のWebサイトにて確認できる)。
規定項目

この外に、医師職業規則の条文に基づいて「患者への説明」や「救急業務」などに関する指針が作られている。これらの指針もまた実質的な影響力をもっている。

医療の法体系

ドイツでは、法律は枠組みを作るだけで、実務的なことは当事者間で規約を作って実施するという「当事者主義」といわれる独自の方式を採用している。各組織の役割は以下の通り。
連邦:医師法(免許に関する規定)、免許規則(学部教育と医師国家試験)、医療保険の基本となる法律、病因関連の法律の制定などを行なう。
州:州の必要に応じて独立に法律を制定する。重要なものとしては、「医療職法」(州医師会、職務従事、卒後研修、医師職業裁判所等の基本を定める)等。
州医師会:医師職業規則、卒後研修規則(専門医規則)、調停機関、倫理委員会などの規則の作成を行なう。
保険医協会:公的な組織。公的な委員会に委員を出す。また業務規則、懲戒規則、保険診療費の審査・配分に関する規則などの作成を行なう。医師会とは共同規定として救急業務規則を作っている。

州医師会と連邦医師会

州医師会は州毎にある自治組織であり、全ての医師は強制的に州医師会に加入させられる(医師を監督する官庁に勤務する医師は例外)。また、職業規則や卒後研修規則を公布して行政行為を行なう。
一方、連邦医師会は州医師会の代議員によって構成される私的組織である。職業規則や卒後研修規則などの基本形を作成、医師大会によって議決を行なう。州医師会はこの規則を基本として各州の医師会で議決をし、州政府の承認を得た上で、州医師会が実施する。

医師職業裁判所について

医師職業裁判所は、医師会の懲戒処分より少し重い事件や特殊な事件を取り扱う。二審制で参審制(専門領域に詳しい民間人を名誉裁判官として任命する制度)。第一審は裁判官三名(専門職裁判官1、医師会から推薦された医師2)、第二審は裁判官5名(専門裁判官3、医師2)で構成される。

制裁は主に次の5点(州により異なる)で、併科もあり。

対象:医師患者間、医師相互間、医師会や監督官庁と医師との間に生じた義務違反や倫理違反を扱う。損害賠償のような民事的な事件は扱わない。
判例としては、救急業務に応じない(戒告と2000マルクの罰金)、保険の不請求(55,000マルクの罰金)、期限切れの薬の放置[医療上の事故は認められない](1500マルクの罰金)、ひき逃げ(刑事裁判の結果とは別に5000マルクの罰金)等。

コメント

ドイツの医師職業裁判所の特徴は、民事・刑事裁判とは独立にその制裁が行なわれる、という点である。従って、民事や刑事裁判における制裁と同時に、職業裁判所における制裁が加えられるという場合が存在する。
また、基準が判例を基にして作られるというのも大きな特徴と言えるだろう。すなわち、「判例→規範化→実施→新たに生じる問題→判例」というサイクルをとることによって、医学の進歩と一緒に倫理が絶えず前進することが可能になっているのである。

ドイツが刑事・民事裁判と別に医師職業裁判所をおいている理由の一つには、不正を犯した医師個人を罰したところで医師全体の信頼の回復には結びつかない、という考えがあるように思われる。岡嶋名誉教授によれば、職業裁判所のように第三者を加えた組織によって規制を加えない限り、一度失った医師に対する信用と名誉は回復しえない。この点は強制加入の職業団体をもたない日本に対して大きな忠告になるように思われる。


アメリカ合衆国:木村利人「アメリカ医師会『医の倫理原則』--その動向と展望--」

アメリカ医師会(American Medical Association: AMA)は、2001年6月17日の評議委員会において「医の倫理原則」を部分的に修正、さらに2項目を追加した。本稿では修正箇所を逐一確認することで、その背景と意味についての木村教授による解説およびアメリカ医師会の役割を確認する。

アメリカ医師会「医の倫理原則」

1847年設立、第1回総会にて倫理綱領を制定、3章11条4項目で構成。その後、5回にわたる改正の後、1980年により簡潔な前文と7項目で構成された「医の倫理原則」が打ち出された。
以下、「医の倫理原則」の各項目を見ていく。引用箇所には1980年の条文を、その後、修正の解説を紹介する。条文および各修正箇所は『日本医事新報』No. 4052 号に掲載された木村教授の訳を参考にした。下線は木村教授によるものである。
また、原則の原文は次のAMAのWebサイト(http://www.ama-assn.org/ama/pub/category/2512.html)にて確認できる。

前文

医業専門家集団は長い間にわたり、主として患者の利益のために展開されてきた倫理宣言の総体を承認してきた。この専門家集団の一員として、医師は患者に対する責任のみならず、また社会や他の保健職業専門家及び自己への責任を認めなければならない。米国医師会により採択された次の諸原則は法律ではなく、医師の名誉ある行動にとって本質的な事を定めている行動の基準である。

下線部が「医師は患者に対する最優先かつ至上の責任と同じように社会や他の専門職業・・・」と修正された。

第1項

1. 医師は人間の尊厳への同情と尊重の念をもって適切な医療を与える事に献身しなければならない。

下線部が「人間の尊厳と権利への同情と尊重の念」と修正された。

第2項

2. 医師は患者および同僚医師に対し正直に対処し、人格又はその能力に欠陥をもった医師および詐欺、または欺罔に携わる医師を明らかにすべく努めなければならない。

下線部が「専門的水準を保持し、専門家としてのあらゆる対応に正直に対処し、人格またはその能力に欠陥をもった医師および詐欺または欺罔に従事している医師を、適切な機関に報告することに努めねばならない」に修正された。
今回の改正においては、同業者集団内の不正行為者の指摘から更に進んで、組織内の倫理・司法委員会や警察、検察など「適切な機関」への報告が原則化された。

第3項

3. 医師は法律を遵守するとともに、更に患者の最大の利益に反するような諸要件の変更に努力すべき責任を認めなければならない。

修正なし。

第4項

4. 医師は患者の権利、同僚医師および他の保健職業専門家の権利を尊重しなければならない。また、法の制約の範囲内で患者の秘密を擁護しなければならない。

下線部の「秘密」に加えて「プライバシー」の語が付加された。
これは守秘義務とプライバシー権の擁護の重要性に対する医療側の明確な倫理的責任への議論を踏まえ、法に基づいての判断原則が作られたと言える。例えば、AMA「倫理・司法問題審議会」の見解では、犯罪に関連した被疑者の遺伝子解析データ等を、法の定める範囲内で、捜査当局に提供することは倫理的観点から保証されることになる。

第5項

5. 医師は科学的知識の学習、応用、推進を継続し、また相互に関連する情報を患者、同僚医師、公衆に入手可能にし、必要に応じて専門家に相談し、他の保健職業専門家のもつ能力を活用しなければならない。

「医師は科学的知識の学習、応用、推進を継続し、医学教育への積極的な関与を保ち、また相互に関連する・・・」と修正された。
医師として継続的な医学教育に参加することの重要性が指摘されている。

第6項

6. 医師は患者に適切な看護を供与するに当り、救急の場合を除き、業務を遂行する相手方、共に業務を行なうもの、および医療を供与する環境を、自由に選択できるものとする。

原語が変更されている。「医療」に当る語がmedical serviceからmedical careに変更された。

第7項

7. 医師はコミュニティ(地域共同社会)の改善に貢献する諸活動に参加すべき責任を認めなければならない。

下線部が「改善および公衆衛生の向上」に変更された。

第8項

8. 医師は患者のケアにあたって患者への最大限の責任を有する。

2001年修正によリ追加された。

第9項

9. 医師は全ての人々の医療へのアクセスを支援する。

2001年修正により追加された。

AMA「倫理・司法問題審議会」の機能と役割

AMAの機能としては次の3つがあげられる。第一に、倫理的基盤の充実化である。AMAは医の倫理原則及び関連する司法上の問題点について、医師会の定款、細則、規則にそって解釈し、分析・調査・整理を行なっている。また、ガイドラインを作成し、会員への具体的内容の周知徹底をはかるため、年鑑としてハンドブックを刊行している。
第二に、制裁処罰機能があげられる。AMAはAMA会員の不正行為、倫理的・法的違反を審査する。会員が州による医師免許剥奪・停止等の処分を受けた場合も審査の対象となり、会員資格の取り消し、保留、剥奪、一時停止などの処罰を告知する。
また注目すべき点として、懲罰の内容に関して改正が付け加えられた。それは「倫理・司法問題審議会規則第XIIIのF項」にある、「倫理・司法審議会」は会員に対する告発文書に基づき当該違反行為を行なった会員を処罰する権限を保持し、会員資格の終了又は喪失によりその権限は制約されない、という規定である。ここで想定されているのは、違反行為をした会員が予め退会や脱会の申し出をして処罰を回避しようとする場合であり、これによって会員でなくなった者に対しても処罰・制裁を加えることが可能になった。これは、倫理的・法的・社会的な面における職業専門家による違反行為に対する制裁の内容をより実効性のあるものにするための、かなり積極的な対応策であると言える。
最後に、アメリカ国民の多元的な価値観を背景とした上で、医の倫理原則をいかに具体的に適用するかを審議する機能があげられる。流動性の高い時代の中で様々な医療問題を検討し、具体的事例を挙げながら会員に対するガイドラインを提示、指導することが重要な役割となっている。

コメント

本報告において注目すべきは、懲罰が会員である時点に溯って適用される、という点である。この改正によって、任意加入団体であるAMAが会員である医師に対してより実効性の高い統制力をもつことになった。AMAはこの新しい規則によって専門的職業集団としての継続的な社会的・公的責任を明確化したと言えよう。


フランス:ぬで島 次郎「フランスにおける医師の職業倫理」

フランスの医師職業倫理は身分団体による医師職業倫理規範(Code de deontologie medicale)によって厳しく規定されている。医師は身分団体に属さなければ医業を行えないため、身分団体の定める倫理規範は強い拘束力をもっている。
本稿ではぬで島氏の記事を基にフランスの医師職業倫理規範を概観していきたいと思う。

現行フランス医師倫理規範の構成と内容

現行のフランス医師職業倫理規範は冒頭に適用対象の条項を置く形で、5部114条から構成されている。以下その内容をぬで島氏の分類に従って順次見ていくことにする。また、原文はフランス全国医師身分団体のWebサイトhttp://www.conseil-national.medecin.fr/CNOM/Deontologie.nsf/V_CA/$firstにて確認できる。

第1部「医師の一般的義務」

医の倫理原則にあたるもの(2-6条)

社会に対する義務(11-18条)

自由診療の伝統を守るための義務(19-31条)

第2部「患者に対する義務」(32-55条)

第3部「医師及び他の医療職との関係」

医師同士の関係を定めるもの(56-67条)

他の医療職との関係(68条)

第4部「医業の実施について」

共通規範(67-84条)

私的診療の規範(84-94条)

勤務医の規範(95-99条)

医師倫理を守らせる仕組み: 身分団体

フランスにおいては医師は身分団体に登録しなければ医業を行なうことができない。身分団体は県・地域圏・全国の3層組織になっており、全ての医師は県の身分団体に登録することになる。先の職業倫理規範は身分団体が作成するもので、身分団体は医師を監督すると共に、違反者を懲戒する権力をもっている。

身分団体による懲戒裁判の手続きは三審制で、第一審は地域圏評議会、第二審は全国評議会、最終審としてコンセイユ・デタ(国務院:行政裁判の最高裁)が設けられている。

評議会が行なう処分は、戒告、譴責、三年以内の医業一時停止、医師名簿除籍(ただし、除籍は3年をへた後復帰申請が可能である)の4種類である。

処分の実例

近年では毎年の申し立てが1500件前後あり、その内の4割以上が免租となっている。一方でもっとも重い除籍は約1%、戒告が約13%、譴責、医業停止がそれぞれ11%ほどとなっている。
処分事由をみると、患者に対する義務違反が最も多く、次いで事例が多い順に、医師同士の関係に関する違反、医業の信用失墜、証明書、家族問題への介入に関する違反となっている。

具体的な判例としては、次のようなものがある。
必要なカルテの保持を怠る→譴責、診断を確定するために不可欠な処置を採らなかった→医業停止1カ月、同僚の医師が指示した外科治療を受けないように患者に勧めた→医業停止4カ月、山間部の自宅での出産のリスクを正確に評価せず、入院の必要のある妊婦を放置した→医業停止1年(以上患者に対する義務違反)。
元共同経営者に対する医業妨害→譴責、診療報酬配分の決まりを一方的に変更→譴責、共同契約に基づき定められた診療報酬額を同僚に支払うことを拒否した→医業停止6カ月、身分団体メンバーや公的勤務につく医師を中傷し侮辱した(義務付けられたワクチンに反対するキャンペーンを行ない、医学的根拠なしに禁忌の証明を出した)→除籍(以上医師同士の関係に関する義務違反)。
診療報酬表に定められた額をこえる報酬をとった→医業停止15日、末期の患者から3万フランを借り、懲戒申し立てをされるまで返済しなかった→医業停止6カ月、県身分団体の名で書類を偽造、資格及び適切な技術的手段なしに診療、自分の患者に法廷での証言を覆すように圧力をかける→除籍(以上医業の信用失墜)。

コメント

フランスにおいても医師の信用および自律を維持するために身分団体が専門的職業団体として機能している。身分団体による医籍の管理と懲戒制度によって医師の倫理基準は担保されなければならないことをフランスの制度も示唆しているように思われる。


イギリス:宇津木伸「イギリスにおける日常医療の倫理」

「イギリスにおける専門集団の機能はおおむね自律を基礎としている」とされるが、その通り、イギリスの医師会は『今日の医療倫理--その実務と哲学』においてガイダンスとしての倫理的指針を提供するのみで、懲戒の役割は医師会の任ではない。
しかし、それとは別に医師の登録制度を管理し、懲戒等を行なう中央医師評議会(General Medical Council: GMC) が存在する。ここでは宇津木教授の記事の順を追ってGMCの役割を詳しく見ていきたい。

GMCとそのガイダンス

イギリスの臨床医には一般に完全登録医(fully registered medical practitioner)という称号が用いられる。この称号を持っていると、諸証明書を発行したり国営医療を担当することが許される(しかしこれをもたないからといって「治療」をすることが禁じられるわけではない)。GMCはこの称号を付与する権限を持っている。
GMCは半数以上を全国医師の互選による選出委員、25名を枢密院による任命委員(非医療者)、25名を大学及び医学協会からの指名委員という3者で構成されている。登録を認められるには医学協会の会員資格を持つか、大学の卒業資格を持つだけで十分である。
GMCの機能としては次の4つが挙げられる。1. 登録の維持・管理、2. Standerd of Practice の設定、3. 医学教育の監督、4. 問題ある医師の処置。

1はよしとして、3について解説すれば、GMCは登録に際して独自の試験を行なわない。しかし、その代わりに、GMCは医学教育をコントロールする権限が与えられており、大学教育の範囲を定め、研修形態を決定し、医学行や教育病院を視察し、卒業試験に臨席する権限を持ち、必要とあれば追加試験を命ずることもできる。

2のStanderd of Practiceというのがいわゆる医の倫理に関わるガイダンスである。これは免許取り消し権限を背景として医師の行動基準を定めている。
内容は、14のキーポイントを簡明に示した「登録医の患者に対する義務」を基本として、それを詳説したGood Medical Practice、さらには承諾、守秘と言った個別事項についてのガイダンスが存在する。「登録医の患者に対する義務」の内容は以下の通りである(訳は宇津木のものに従った。原文はGMCのWEBサイトで見ることができる)。

  1. 患者のケアを第一の関心事とせよ。
  2. 全ての患者を礼儀正しく、思慮深く扱え。
  3. 患者の尊厳とプライバシーを尊重せよ。
  4. 患者のいうことに耳を傾け、その意見を尊重せよ。
  5. 患者に分かるように情報を与えよ。
  6. 患者が自分のケアに関する決定に十分に関われるように、患者の権利を尊重せよ。
  7. あなたの知識と技術を最新のものに保っておけ。
  8. 専門家としての自分の能力の限界を認識せよ。
  9. 正直な、そして信頼に値するものとなれ。
  10. 信頼して委ねられた情報を尊重し保護せよ。
  11. 自分の個人的見解が患者のケアに偏見を与えないようにせよ。
  12. あなたもしくは同僚が診療に適していないかもしれないと信ずる理由がある場合には、患者を危険から守るためにすばやく行動せよ。
  13. 自分の医師としての地位を濫用しないようにせよ。
  14. 同僚との共同は、患者の利益に最も良くなるようにせよ。
    これらの事柄において、あなたは患者や同僚を不公正に差別してはならない。そして、あなたはいつも自分の行動を正当なものと証し得るように準備していなければならない。

問題ある医師の処置

4の機能はGMCの最大の任務であると言っても過言ではない。この制裁機能は現在1.非行、2.健康、3.業務という3つの側面にわたって機構が整えられている。以下それぞれ見ていくことにする。

非行(misconduct)

先の医師の自律規範に違反する行為はGMCの懲戒の対象になる。審査の手続きは次の通りである。
まず、刑事有罪判決を受けた場合、警察や裁判所からGMCに通知がされる。この場合、事実関係については裁判所の認定した事実を確定したものとして扱うこととされているため、直ちに準備手続き委員会(Preliminary Proceedings Committee:PPC)にかけられる。
また、刑事有罪にならない場合であっても、医師として誤った行動(misconduct)があったと思われる場合には、警察、患者、官公庁国営医療当局、その他誰にでも申し立てを行なうことができる。この場合、1人のScreenerが一次的に審査に当たる(Screenerには1事件毎にGMCのメンバーで医師資格を持つ者が任命される)。この時、事柄の重大性、その医師に対するこれまでの同情苦情の有無、証拠などを勘案し、それ以上の審査の必要がないと判断されれば、GMCの非医師のメンバーの了承を得て打ちきりとする。しかし、詳しい調査が必要とされる場合にはPPCにまわされることになる。
PPCでは非公開で書面審査を受けることになる。この委員会は医師5名および非医師2名からなる。ここで審理が打ちきられることもあるが、当該医師に中毒などの問題があると見なされれば健康委員会に回付したり、また独自に警告発したりもする。しかし、重大な職業上の飛行の可能性があると判断される場合には専門行為委員会(Professional Conduct Committie:PCC)に回付する。
PCCはGMCの建物の中にある法廷において公開で審理する。ここでは形態的にも内容的にも法的なモデルで審理が行なわれる。

審理の結論のうち、懲戒としては、戒告、条件付登録(例えば、3年間は産婦人科の診療はしない、特定地域を出て診療をしてはならない等)、免許の停止(1年間診療に携わってはならない等)、登録削除(再登録の申請は可能)がある。また、単に審理の結論としては、審理延期という場合もありうる。
ここで条件付登録より重い制裁に不服がある場合、医師は枢密院に訴え、その司法委員会で審理を受けることができる。

Performanceに関する制裁

医師の業務遂行が不適切である場合(医師登録に疑いを抱かせるほど重大な、適正な専門診療から逸脱する場合といわれる)についても、患者や社会、同僚や医療機関から通報があった場合、非行と同様の手続きが開始される。
業務の評価が必要であるとScreenerが判断し、当該医師がそれを受け入れる場合は、3名のパネルが作られ、職場訪問、記録の確認、同僚や苦情申立て人の意見聴取、診察の視察などが行なわれ、必要なカウンセリングやトレーニングなどを勧告する。
当該医師が不服を持つときは、7名の委員から構成される評価検討委員会がScreenerの評価を再検討する。
勧告に当該医師が従わない場合、もしくは当初から事柄が重大である場合には、専門業務遂行委員会(Committee on Profetional Performance)に回付され、GMC本部において非公開の審理に付され、免許の停止や条件付けの処分がなされる。
当該医師はさらに枢密院に上訴できるが、その際、審理は事実の認定は行なわれず、ただ法的手続きについての審理のみがなされる。

健康委員会

ここで扱われるのは主に、精神障害や中毒に関する医師の健康評価である。患者、雇用者、同僚などから通報があると精神科医がScreenerとなって当該医師の能力や患者に対する危険性が評価され、まずは休暇を与えるなどのlocal actionが勧められる。同時にアルコール中毒症の救助組織が紹介されたり、当該の状態から回復する手段が提供される。
なお、患者に危険が及ぶと考えられる場合には、2名の医師による医学検査が命じられ、治療の必要有、監督者付での診療などといった勧告がなされる。
このとき、当該医師が勧告を拒否した場合、Health Committeeに回付され、GMC本部で非公式の審理に付され、無期まで含めた免許停止、条件付登録などの処分がなされる。

コメント

任意団体による自律的な規範遵守制度という点においては、イギリスのそれは日本のものと近いように思われる。とはいえ、非医師を含めた審理によって自ら定めた倫理規範を遵守させようという制度は、日本には見られない点である。そして、このような制度は自律的専門的職業集団として不可欠なものになってきているのではなかろうか。

GMCによる処分に関しては、事例によっては処分が甘すぎるとみなされるものがあり、医師は自律によってきちんと社会を守るから法も国家も介入するなといった考え方は、その機能を十分に果たしていないという声もある。また、一見公正な法的モデルは、実は証拠がそろわない限り責任を問えないという点から「患者を保護する」とするGMCの指針に反しているのではないか、という批判もある。
これらの批判に対してGMCは大きな機構改革を考えていると言われる。


日本:森岡恭彦「医の倫理〜医師の職業倫理の実践にむけて」

日本の医師の職業倫理規範については、強制加入の専門職業団体が存在しないために、任意加入団体の規範を自律的に守るという形をとっている。本記事では、森岡東京大学名誉教授の論に従って、日本医師会の倫理綱領を見ることにする。

日本医師会「医の倫理綱領」

日本医師会の「医の倫理綱領」は昭和26年に示された「医師の倫理綱領」を平成12年に改定したものである。内容は以下の通り。

医学及び医療は、病める人の治療はもとより、人々の健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基に全ての人に奉仕するものである。

  1. 医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
  2. 医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心がける。
  3. 医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、優しい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
  4. 医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
  5. 医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守及び法秩序の形成に努める。
  6. 医師は医業にあたって営利を目的としない。

日本における医師の職業倫理規範は、先に示した日本医師会の「医の倫理綱領」などの任意団体内での規制しか存在しない。このため、会員が処罰されることになったとしても、脱退によってその処罰を避けることが可能である。

唯一、医師法に定められた医道審議会が医師の不正行為や不祥事事件について、罰金や医師免許停止・取り消し等の行政処分を行なっているが、その数は米国などの実情と比べると非常に少なく(年間40数件)、かなり甘いように思われる。

コメント

日本の医師職業規範に関するコメントは、そのまま本稿全体を通じてのコメントであると言い換えても差し支えないように思われるので、このコメントでもって本稿を閉めさせていただく。

各国の医師職業団体制度と日本のそれとを比較するにあたっては、先に紹介したぬで島氏が適格な表を示しているので、それを参考までに記しておく。
 懲戒規定をもつ公的身分団体
(強制加入)
職能利益団体
任意加入
イギリスGeneral Medical CouncilBritish Medical Association(BMA) など
フランスL'Orde des medecins(地方→全国)Confederation Syndicats Medicaux Francais(C. S. M. F.)など
ドイツ各州の組織 Laandesaerztekammer(連邦組織もあり)Verband der Aerzte Deutschlands(Hartmannbund)など
アメリカ各州のMedical Licensing BoardAmerican Medical Association(AMA)など
日本なし日本医師会 Japan Medical Association など

本稿全体から見ると必ずしもこのようにはっきりと分けることはできないかもしれないが、この表からすぐに明らかになるのは、日本には医師にとって強制加入の専門的職業団体が存在しないということである。このことは、日本における医師の職業倫理規範は自律的倫理規範としては実行力ををもたないことを意味する。「医の倫理綱領」は大枠での内容こそ各国と変わりないと言えるかもしれないが、それを個々の事例において実際に適用する際に、医師が採るべき行為は結局は医師個人の倫理的判断に負うところが大きく、職業団体全体で決定した倫理的行動指針を個々人のレベルで遵守させるという機構が日本においては整っていない。倫理的に不正を犯した医師を確実に処罰する制度が日本には存在しないのである。

また日本においては、米国のように医師免許の更新制度もないため、医師はその倫理的行為の指針のみならず、医業にとって必要不可欠な医学的知識に関してさえ、全て医師個人の努力と裁量にかかっていることになる。このこともまた、医師職業団体と医籍を管理する機構が剥離していることから生じる問題の一つと言えるだろう。

自律的なことは結構なことだが、その自律的な判断が外部から批判される時には、専門家としての自律のみならず、その名誉や信頼をも失う危機に面する。結局、自らに甘いということが外部からの規制が必要とされることを意味するようになるだろう。今や、医の倫理はもはや医師内だけの秘密の規範ではなく、民間にとっても大きな関心が注がれる、開いた行為の評価基準になっているように思われる。このような状況で専門的職業団体が自律的であるためには、民間が納得できる基準を示し、その厳格な遵守を保証する制度を設けることによって、医師職業団体としての公的・社会的責任を明確化することが必要であると思われる。


(ささき たく 京都大学大学院文学研究科)
この記事終わり