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SOFTMAN PRODUCTS COMPANY v. ADOBE SYSTEMS INC., C.D. Calif., No. CV 00-04161 DDP (AJWx), 10/19/01 判決の著作権侵害の申立てに関する部分の概略

神崎宣次

ソフトウェアを「購入」した際に、実際にはそれを使用するライセンスを受けているだけであるという形をとることは、エンドユーザにとって馴染み深いが、同時に違和感の残る商習慣でもある。しかし2001年の10月に、ソフトウェアの取り引きを販売とみなすという判断を示した判決がアメリカで出された。この判決の持つ意味合いがどのようなものとなるかは現時点でははっきりとしていないが、とりあえず判決文のこの点に関わる部分を簡単に紹介しておく。

1 キーワード(および、以下での表記)

Softman Products Company (「ソフトマン」): この裁判の被告。ロサンジェルスに本拠を置く、ソフトウェア流通業者(http://www.buycheapsoftware.com)。

Adobe Systems Inc. (「アドビ」): 原告。世界的に有名なソフトウェア会社。グラフィックス関連で大きなシェアを持つ。

Adobe "Collections" (「コレクション」): アドビが自社のいくつかのソフトウェアをセットにして販売している製品の総称。個々のソフトを別個に購入するよりも安く価格設定されている。

End User License Agreement (EULA), エンドユーザ使用許諾契約(「使用許諾契約」): http://www.adobe.co.jp/store/eula.htmlから現在の日本語版を読むことができる。)

preliminary injunction: 予備的差止

United States District Court Central District of California (「地裁」):

first sale doctrine (「初販説」):

2 背景

アドビの主張:ソフトマンは、少なくとも1997年11月以降、コレクションの個々のソフトをばらばらにして再販することを含めて、アドビが認めていないソフトウェアの流通を行った。そのようなばら売りを行うことによって、ソフトマンはこれらの製品に対するアドビの著作権を侵害し、アドビの使用許諾条項に違反した。

アドビ:また、不完全な形でソフトを流通させることで、ソフトマンはアドビの商標を侵害した(アドビ真正のソフトとばら売りされたソフトとの主要な違いは、購入者が正規のユーザーとして登録できないかもしれず、その場合にはサポート等のサービスを受けることができない。しかし、購入者はアドビの個々のソフトが小売りされているものを購入するつもりでソフトマンから購入するかもしれず、そのことによって混乱が生じる可能性がある。)。

ソフトマン:ばら売りの事実は認めるが、そのような形態でアドビのソフトを流通させる権利がある。

以下では前者の著作権の侵害についてのみ紹介する。

2.1 両者の関係

アドビは、流通業者とのライセンス契約に基づいて製品を流通させている。また、アドビの個々の製品には使用許諾契約が付されており、アドビとエンドユーザの間の契約条項を定めている。が、アドビとソフトマンの間に直接的な契約関係は存在しない。

2.2 経過

1年8月27日 地裁はソフトマンに対する一時差止命令と差押命令を認めた。

同年9月10日 地裁が予備的差止に入った。

同年10月19日 判決。地裁が予備的差止の撤回を命令。

3 著作権の侵害の申立

アドビ:米国著作権法106条(3)では、著作権を持つものに、その著作物の流通に関する排他的な権利が認められている。また、ソフトマンは使用許諾契約の適用範囲外であり、アドビの流通に関する権利及び流通をコントロールする権利を侵害している。

3.1 初販説の適用

ソフトマン:初販説によりコレクションを再販することは許される。

初販説は、1908年に米国最高裁でのBobbs-Merrill Co. v. Straus裁判で、最初に検討された。その内容は、米国著作権法に基づく著作者の排他的な販売あるいは処分の権利は、著作物の複製の最初の販売にのみ適用される、つまり著作権者が一度その著作物を販売してしまえば、その後の流通を制限する権利はなくなる、というものである。これは米国著作権法109(a)条で明文化されている。この条文によると、「著作権法に基いて適法に作成された複製の所有者は、著作権者の許諾なしに、その複製を販売あるいはその他の方法で処分する権利がある」。(初販説が適用された判決としては、Quality King Distributors, Inc. v. L'Anza Reserach International, Inc.(1998)がある。この判決に関しては、財団法人ソフトウェア情報センターのサイトhttp://www.softic.or.jp/YWG/reports/Lanza/Lanza.htmlに解説がある。)

3.2 ライセンスか、販売か

アドビ:アドビのソフトの流通はライセンスとして捉えられるものであって、販売ではないので、初販説は適用されない。

アドビの使用許諾契約によれば、ライセンスを受けた者がコレクションを構成するアドビの製品を譲渡する場合には、元のコレクション全体を譲渡しなければならない、とされる。これは、初販説が著作物の複製の所有者に認めている著作権者の許諾なしに複製を処分する権利と衝突する。

歴史的には、プログラムの使用の「ライセンス」とみなす見方は、プログラムに著作権があるかどうかが疑問であった時点、あるいはその後の著作権の保護の範囲が不明確であった時点において、無許諾で複製がなされることに対して保護を行うためであった。このような見方は、プログラムが著作物としての保護を著作権法により受けるとみなされるようになってからも継続しているが、1991年のStep-Saver Data Systems, Inc. v. Wyse Technology裁判では、ソフトウェア産業におけるライセンス供与の使われ方の歴史的発展が検討された結果、著作権法の継続的な変化により、このようにライセンスとみなす見方が「ほとんど時代錯誤的」であるとされたという経緯がある。

この裁判でも、取り引きの実体から判断すれば、この取り引きはライセンスではなく販売である、とされた(たとえば、ソフトウェアの複製を一つ獲得するための代金は、一度に支払われ、それが「ライセンス」の全額であるとされる。通常、その「ライセンス」の期間には限度が設けられていない。)。

また、アドビと流通業者の間での取り引きの現実からも、アドビが流通業者にソフトを販売していることが示唆されるとも述べられている。なぜなら流通業者は、商品の全代金を支払うので、ソフトが失われたり売れなかったりした場合のリスクを負っているからである。さらに二次的な流通業者や最終的な購入者も、自らが商品を手に入れる際には同様のリスクを負う。このことは、権利の移転があることを示唆する。権利の移転と損失のリスクが伴った製品の譲渡は、販売であるとみなされるのが普通である。

3.3 使用許諾契約

しかし、アドビは次のように主張する。

アドビ:使用許諾契約は、取り引きが販売ではなく、ライセンスとして構成されることを要求している。

それに対して判決文では、ソフトマンは使用許諾契約に同意を与えていないので、それに拘束されない、とされている。

3.3.1 同意について

アドビ:使用許諾契約は、消費者の購入後のソフトの譲渡を制限する。

ソフトマン:アドビの使用許諾契約のハードコピーは、アドビのソフトの個々のディスクに同封されていない。その代わりに消費者は、 インストールの過程において、その条項に同意を求められる(すなわち、インストールの過程の途中で、条項が表示され、「同意」もしくは「同意しない」というボタンをクリックすることを求められる。「同意しない」を選択すれば、インストールは行われない。)。

契約が効力を持つには、契約が結ばれることに対する同意が、言葉あるいはその他の方法で、宣言されなければならない。よって、アドビが上のソフトマンの主張にあるような同意の形式を取っている以上、ソフトが起動され、インストールの過程が開始されない限り、同意は生じえない。そして、ソフトマンが、販売するソフトをいちいち起動したりしていないことには議論の余地がない。したがって、ソフトマンはアドビの使用許諾契約の対象ではないということになる。

3.4 ばら売りは著作権の侵害になるか

アドビ:アドビがコレクションをソフトマンに販売したとしても、コレクションに含まれる個々のソフトをばら売りすることは著作権の侵害を構成する。

この論点については、アドビが引用した、集合的な作品の個別的構成要素を流通させることは著作権の侵害となるという判例(New York Times Co., Inc. v. Tanisi, 2001)が、この場合には適切ではないとして、却下されている。

3.5 著作権の侵害の申し立てに対する裁判所の判断

以上のように、アドビは著作権の侵害の申し立ての理を示すのに成功する見込みを示せなかった。

4 コメント

この判決のポイントは次の二点にあると思われる。

  1. ソフトウェアの「販売」は、ライセンスではなく、正に販売である、ということを確認したこと。
  2. ハードウェア購入した際にバンドルされているソフトウェアを実際にインストールして(その過程で使用許諾契約に同意して)いなければ、(その分の料金も支払っているので=そのソフトを購入したことになる=初販説が適用されるので)転売することができる、という含意を持つと考えられること。

特に第二の点に関しては、いわゆるウィンドウズ払い戻し運動にある程度の影響を与える可能性がある。この判決は、ソフトメーカやハードメーカーからの直接の払い戻しに関係はないが、それでも最初からバンドルされた(OSを含む)不必要なソフトを売り飛すことができるようになるかもしれないという期待はある。もっとも最高裁等で、この判決がひっくり返されなければの話しであるが。


(かんざきのぶつぐ 京都大学大学院文学研究科)
この記事終わり