死者をして安らかに浄化への道を歩ましめよ

加藤尚武

2001年9月27日


死者は自分の身体にかかった血と砂と油が、
アフガンの子どもたちの血でそそがれることを求めてはいない
死者はただ世界中の人々の涙と愛でぬぐわれることを求めている

死者にはもう家族との団らんはない
日々の仕事のなかでのささやかな楽しみや微笑みや語らいもない
死者はただ生きている人々が
日々の営みを明日にもまたその明日にも続けてくれることを求めている
戦場に出て戦うことを求めてはいない
何万という人々に家をすてて荒野に流離うことを求めてはいない

死者のかたわらに死者がいる
殺された多くの死者のかたわらに殺したわずかな死者がいる
死者と死者は和解することができないだろう
そこに新しい死者があらわれる
アフガンの荒野で食べ物も薬もなく
手当といえばただ抱きかかえれるだけでなくなった子どもたち

殺した死者が手をさしのえると子どもたちは恐怖に身をこわばらせる
殺された死者は手をさしのべようとしない
殺した死者が抱き上げようとすると子どもたちは嫌悪に身をそらせる
殺された死者がやっと手をさしのべると
子どもたちはその手に抱かれる

子どもたちを抱いて死者たちは浄化への道を歩もうとする
するとまた子どもたちが現われる
殺された死者たちが腕にいっぱいの子どもたちを抱きかかえて
浄化への道を歩もうとするとまた子どもたちがあらわれる

子どもたちが現われるたびごとに死者たちは道をひきかえす
いつまでもいつまでも死者たちは浄化への道を歩みはじめることができない

時間のフイルムをもとにもどそう
まだ一人の子どもも殺されてはいなかった時にもどそう
そして
死者が安らかに浄化への道を歩むことを祈ろう

(9月27日、転載自由)

加藤尚武
鳥取環境大学学長、日本哲学会委員長
(かとう ひさたけ kato@kankyo-u.ac.jp)


KATO Hisatake <kato@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Tue Oct 9 17:55:25 JST 2001