イラク空爆に対する中国の態度

加藤尚武(京都大学)

1998年2月16日


台湾問題について中国は以前「中国は台湾に対して最初の武力攻撃をしない」 と言明したことがある。今回、アメリカの武力攻撃を支持しないという中国の 根拠が台湾問題での中国の態度と関連をもつという視点の重要さを指摘したい。 「いかなる主権国家も最初の武力攻撃をする国際法上の権利を有さない」とい う考え方は、1937年4月26日ゲルニカ(Guernica)以前の国際的な合意であっ た。

ゲルニカの空爆にはアメリカも反対の意志表示をしたが、第二次世界大戦の終 末期には「戦争終結のための空爆は許される」という新しい原則が事実上効力 を発揮するようになっていた。つまり「正義の戦争」のゲルニカ以前と以後と では戦争倫理学が変わってしまっている。このことを哲学的に問題にしたのは エリザベス・アンスコムである。

しかし、今回のイラク空爆はゲルニカ以後の戦争倫理学の原則をさらに変更 して「たとえ戦闘行為が行われていない状況下においても、将来の大量破壊兵 器の使用を予防するという目的のためであるなら、空爆という最初の武力攻撃 をすることが許される」という原則を現実化することを意味するだろう。これ に対して中国の態度はゲルニカ以前の「正義の戦争」の原則に立っているよう に見える。

従って中国に向かって「アメリカのイラク空爆を支持せよ」と説得することは、 中国に台湾に対する先制武力攻撃の権利を与えることを意味する。われわれは 今回の中国の態度を支持し「アメリカにイラクに対する先制攻撃の権利がない のは中国が台湾に対して先制攻撃の権利をもたないのと同様である」という主 張を中国とアメリカに対して行うべきである。

戦争倫理学の歴史的変遷について、日本の左翼的言論は「正義の戦争から絶対 的平和主義へ」という期待を抱いている。アメリカではベトナム戦争以来「正 義の戦争」観批判が登場しており、この動きは日本の左翼的言論の期待と一致 するように見える。しかし、私は「正義の戦争」の「ゲルニカ以前」、「ゲル ニカ以後湾岸戦争まで」、「今回のイラク空爆以後」という原則の変容を読み とるべきであると思う。

「ゲルニカ以前」の「正義の戦争」原則に立ち返ることは当面では、有効な主 張となるのではないかと思われる。しかし、「正義の戦争」から脱却すべき戦 争倫理学の未来像は国際警察としての武力行為の正当化という性格をもつ、つ ぎのようなものではないかと思っている。第一原則、戦闘行為は「自国の防衛 のため」であってはならず、利他的行為でなければならない。第二原則、兵力 や戦闘の規模、時期設定などは「敵味方双方の被害を最小にする」という原則 によって選択されなくてはならない。第三原則、武器の製造と異動はすべて国 際的に管理されなくてはならない。


KATO Hisatake <kato@socio.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Tue Feb 17 17:01:37 JST 1998