「競争心をさける」ための試験廃止

加藤尚武(京都大学)

1998年2月27日


1998年2月24日の各紙報道によれば栃木県鹿沼市の東中学校では「競争心をさ け、自分から進んで授業に取り組む子どもを育てたい」という理由で試験を廃 止し、自己評価・グループ評価・平常点に切り替えるという。ここには教育者 の判断の典型的なスタイルがある。「試験があるから競争心が高まり、勉強が 試験目当ての非主体的なものとなる。だから、試験を廃止すれば、競争心によ らない自発的な学習態度が生まれる」という判断であろう。かつて学校の個別 志望を認めるから有名校志向が生まれる、だから学校群制度を導入せよという 判断が下されたことがある。また、最近では偏差値教育の誤りをなくすために 偏差値を示すべきでないという判断が各地の中学校で採用された。

「競争心は一種の他人に対する攻撃意欲である。受験競争が激しくなったため に、子どもの犯罪が凶悪化しているのだから、受験競争を止めなければならな い」という意見も、神戸の殺人事件以来しばしば聞かれるようになった。

条件反射をモデルとした因果関係から、対策が導き出されている。つまり「受 験競争という環境が原因となって子どもの犯罪の凶悪化がおこるのだから、受 験競争を止めれば凶悪化が防止できる」という条件反射構造で判断が組み立て られている。

大人の場合だと、条件を与えても予期通りの結果にならないと思う人でも、子 どもの場合には条件を与えれば予期通りの結果が得られると思いこんでいる。 「子どものこころは理解できる」という思いこみをもつ人は多い。しかし、ほ とんど全ての「子どもの人格を改善するのに役立つ」はずの教育行政や実験的 な教育が失敗している。

子どもの犯罪の凶悪化対策としては、おおまかに言うと二つの対処のスタイル がある。第一の態度は、受験競争、格闘技のようなスポーツ、犯罪映画、犯罪 報道などの凶悪な心をそだてる条件をなくすべきだという態度である。第二の 態度は、子どもに野外での激しい行為や、闘争性の強いスポーツなどによって、 本能的な攻撃性のエネルギーを発散させないと凶悪な犯罪となって現れる。だ から、もっと攻撃性が発揮されるような競争やスポーツを子どもにやらせるこ とが対策になるという。

理論としては、このほか無数のバリエーションがある。しかし、基本形態は 「攻撃性を生み出すような条件反射を止める」という条件反射派の考え方と、 「攻撃性は本能であるから抑圧しないで昇華させる」という本能派の考え方で ある。テレビの暴力場面は悪い影響をもつという条件反射派と、非現実世界の 中での暴力は攻撃心を抑圧から解消する働きをもつという本能派のどちらも正 しいのではないだろうか。むしろ危険なのは「試験をなくせば子どもが勉強に 主体的に取り組むようになる」というような一面的な見方を機械的に適用する ことである。

私は中学校での対策として、つぎのような暫定的な提案をしたい。第一に、子 どもにもっと多くの野外生活をさせなくてはならない。自然に触れる経験を現 在の10倍にも20倍にもすべきだ。第二に健全な競争はむしろ育成すべきだ。ス ポーツでも勉強でも公正なルールと正しい方法で努力した者が勝利するという、 努力を評価する価値観を育てるべきだ。第三に子ども向けの映像作品から暴力 場面やエロティシズムの表現を制限するべきである。とくに正義のためでない 暴力までも肯定するような傾向、人間の人格の尊重にそぐわない作品はすべて 制限されるべきだ。

しかし、非常に多くの非行の原因となるゆがんだ性格形成は、幼児期に行われ る。その対策としては、幼児期の精神の発達についての注意事項をまとめた 「精神の育児手帳」を提供することを提案している。

(かとう ひさたけkato@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp)


KATO Hisatake <kato@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Fri Feb 27 23:29:18 JST 1998