クローン技術と倫理

ライフサイエンスには特有の規制条件が成立するか

加藤尚武

　イギリスのロスリン研究所でクローン羊が生まれたというニュースは、あっと思う間に世界中を駆け抜けた。同研究所では一九九七年二月二四日に新聞社に情報を出したのだが、同時にコンピュータ・ネットワークのホームページに記事を掲載したためである。私の研究室からアクセスしたところ、例のドリーの写真が映し出された。

　フランス大統領、アメリカ大統領が声明を出して「クローン人間は禁止」の方向を打ち出した。人間のコピイを作ることは倫理的・宗教的に許されないから、研究を禁止するという内容である。しかし、法律で実際に禁止をするとなると、さまざまな例外があるとは言っても、いままで自由主義社会ではつぎの条項が、暗黙の内に認められてきた。

　しかし、誰かがすでにヒト・クローンを懐妊しているとしよう。世界中のすべての国の決定でこの胎児に対して人工妊娠中絶の措置をすべきだという判定が下されたら、その「母親」は、その決定にしたがわなくてはならないのだろうか。もしも、それが神の冒涜になるとしたら、たとえ出産以後であったとしても、そのクローン人間は殺されるべきではないだろうか。

　しかし、今までの法理では、つぎの原則がだいたい守られてきた。

法的に刑罰を科するような規制をすることができるのは、「他者危害」に該当する場合に限る。
「オートバイの乗用者にヘルメットの着用を義務づける」ような「自己危害の防止」は最小限度にとどめる。
「不快」とか「迷惑」のようなあいまいなものについては制限はできるが禁止はできない。「クローン人間の禁止」法案を書くこと自体、とても難しいことになるだろう。

　「クローン人間を作ってはいけない」という規制を政府が罰則を伴う法律を作って行うとする。これは「他者危害」には該当しないだろうから、規制の理由が問題になるだろう。つまり、クローン規制は自由主義の原則の大転換となる可能性を秘めている。代理母、胎児の卵子利用、さまざまな人体利用、同性愛者の実子出産、性転換などなど、安全性（他者危害）という観点以外の理由で規制されるかもしれない技術が、次々に登場してくる。

第一、クローン人間の法律的禁止のための条件

　どういう条件があれば法的な規制が可能かを考えて見よう。

世論調査（もしかしたら国際的な世論調査）をしたら圧倒的に多数の国民がクローン人間を作ることに反対した。
「ＸＸ教」の最高指導者が、「ＸＸ教」の教義に基づくならクローン人間をつくることは神への冒涜であると述べた。似たような事情は、代理母などの人間の生殖に関連する前例のない事例にも当てはまる。人間に限らず、生命全域について、その操作可能性を無限に拡大することは人間の文化を根底から破壊するという主張もある。
クローン人間を作ることが、既成の憲法・法律に違反することが分かった。
クローン人間を作ることが、既成の憲法・法律に該当するものがなかったとしても、その作られるであろうクローン人間の権利を侵害することが明らかである。
クローン人間を作ることが、既成の憲法・法律に該当するものがなかったとしても、そのクローン人間以外の人間の権利を侵害することが明らかである。
クローン人間を作る技術の安全性が確立されていない。

(1)世論調査の結果（1997.5.9読売）５１％が「研究抑制」を望み、法律の制定を求める声は５８％を超えるという。たとえば９０％の人が、クローン人間禁止の法律をつくることに賛成したとする。「多数者の選好が存在する→ゆえに立法化すべきだ」という前提は一般論としてはなりたたない。ビートルズが嫌いだという人の方が多いという理由で、ビートルズ禁止法を制定することはできない。世論の支持は立法の必要条件である。しかし、十分条件ではない。（この問題をもっと掘り下げると、Ronald Dworkin:external preferenceにぶつかる。)

　(2)宗教上の理由で、ある科学技術の開発が禁止される最近では（！）最初の事例に「クローン人間」が認定されるのだとすると、他の領域では宗教上の理由での規制を受けないが、生命の領域では宗教上の理由による規制条件が成立するということになる。すべての宗教が、完全に足並みをそろえて「クローン人間を作ることを法的に禁止せよ」と主張することは、ほとんど考えられない。するとクローン人間を作ることを法的に禁止Ａの宗教の立場をＢの宗教の立場の人にまで拡張しなければならなくなる。

第二、「ＤＮＡ同一＝身体同一＝人格同一ゆえに人格の尊厳を侵害」テーゼの吟味

　(3)(4)(5)に対応する議論としては、クローン人間では、親子の間や子どもの間でＤＮＡが同一、ゆえに身体が同一、ゆえに人格が同一であるから、クローン人間を作ることは人格の尊厳を冒すという「倫理的な理由」が語られている。「クローン人間は複数の同じ人格をつくりだすことであり、これは人格の尊厳に反するから、その技術開発を政府が禁止することは当然である」という主張を誰かがすると仮定しよう。

　この文章を吟味すれば無数の疑問が発生するだろう。ＤＮＡ同一＝身体同一＝人格同一という前提そのものが間違っている。

a)「クローン人間は同一のＤＮＡをもつから、同一の身体をもつ」と言えるかどうか。一卵性双生児にも先天的な差異が存在する。一卵性の双子ではＤＮＡは同じだが、生まれたときの身体にはさまざまな個体差がある。見ただけでは一卵性双生児であるかどうかが分からないので、ＤＮＡ鑑定をして一卵性であることが分かるというケースも多い。ＤＮＡ同一＝身体同一というのは科学的な間違いである。

b)「身体的に同一の人間は同一の人格である」と言えるかどうか。ここでは「同一」とは何かという、古くからの哲学問題も出るだろう。しかし、完全に同じ身体があり得たとしても、その身体をもつ人間が同一の経験をもつ同一人格であるという仮定には現実性がない。身体的にまったく見分けがつかないヒトが二人いたとしても、その二人の脳に記入される経験の内容が違う。

　一卵性双生児の場合、たとえ同じ胎内にても、一人は母親の心臓の音を近くで聞き、もう一人は遠くで聞いているだろう。生まれた段階で、脳に記入された母の心音の情報は違っている。（これは人格同一性についての、シューメーカーのいわゆる「テープレコーダー説」による説明である。）私のＤＮＡをもつ私のクローンは私とは違う人格である。たとえば年齢が違うということは人格が同一でない確実な証拠である。身体同一＝人格同一というのは倫理学的な間違いである。

c)「複数の同じ人格をつくりだすことは人格の尊厳に反する」と言えるかどうか。ＤＮＡが同一、なおかつ身体のあらゆる特徴が同一、年齢も記憶の内容が同一という双子が存在すると仮定しても、そのこと自体が「人格の尊厳の侵害」とはならない。おそらく回りの人は、彼らを別の名前で呼び、別人格として扱うだろう。したがって、ある時までこの二人のヒトの記憶内容が同一であったとしても、別人格として扱われる。これは良く似た双子の場合と同じである。クローン人間が存在すると法律面で混乱が起こるというのは、間違いである。見分けのつかない人間が増えて社会的に混乱するという問題も、服装などの目印で識別可能にすれば解決する。（この論点はパーフィットの人格論と関係する。）

　「人格」の概念に、「唯一の個体で他の個体から外面的内面的に識別可能な特徴をもつこと」が含まれるとは考えられない。個体の唯一性、また（外から見て）多様性、個性を尊重することは、人格の本来の意味には含まれない。人格の意味は、個人のなかにある理性にしたがう可能性の尊重である。人格とは、個人の内にある非個体的な主体性と言ってもいい。

　人間の個別性が、権利の名のもとに尊重されるようになる転換点は、西洋では一九世紀の中頃にあたると思われる。（シェリング、ミルの自由論）

だから、「同一のＤＮＡをもつ同一の人格を作ることは禁止する」という条項をもつ法律は、クローン人間には適用されない。しかし「同一のＤＮＡをもつ人間を産んではならない」という条項を作れば、一卵性の双子を産むことも違法になってしまう。

第三、クローン人間を禁止すべき他の理由（弊害論）の吟味

　禁止の対象を特定することは、禁止の理由を明確にすることと不可分である。禁止の目的を明言しない、対象の特定は、立法の過程として、適切であるとは言えない。とくに、「クローン人間を作り出すこと」という新しい問題では、目的の明示が必要であって、そうでないと新しく技術開発をすることは、理由の示されない強制で禁止されることになる。しかし、「クローン人間を作り出すこと」を禁止理由として語られる「人格の尊厳への侵害」は実際には成立していない。

　1)まず、人為的な操作の拡張は避けるべきだと言う意見がある。クローン人間がたとえ結果としては、一卵性の双子を生むのと同一であっても、人為的な過程という点で、過程がが異なれば規制の対象になると言う立論であろう。アシロマ会議のときにすでに「男女がベッドの上で子どもをつくるのは、人為的でないのか」という議論がジョーク混じりに出されたが、一応、「人為的」の定義は可能であると仮定する。出産を神の意志、天の配慮であるから、人為的操作は禁止すべきだという原則は、人工妊娠中絶も禁止すべきだと言う議論なのかどうかが問題である。また、「不妊は天の配剤であるから、不妊治療は医療行為に含まれない」とする論点によれば、不妊治療も出産に対する人為的操作であるから禁止すべきだと言う帰結になる。ホルモン注射、帝王切開などさまざまな出産に関する人為的な措置がすでに社会的に承認されているが、正当化可能な人為性と正当化不可能な人為性とを区別する根拠が示されない限り、「人為性を根拠とするクローン規制」という主張は成立しない。

　2)つぎに、「ヒトの遺伝子プールの貧困化を招くからクローン人間は禁止すべきだ」という意見は、生物学的に吟味されるべきである。統計学的に考えて、遺伝子プールに「有害な影響」を及ぼすという事態は考えにくい。また、結婚に際して、知能、運動能力、健康、容貌などを考慮して、相手を選択する行為は「ヒトの遺伝子プールの貧困化を招くから」禁止すべきだと、同時に主張するか、どうかも吟味されるべきだろう。（出産の選択的な操作は優生主義を招くという論点についても、この点の吟味が必要である。）排卵促進剤による多胎の増加という事実が指摘されている。これに対しても、「ヒトの遺伝子プールの貧困化を招くから禁止すべきだ」と言うべきであるのか。

　この種の弊害論は、定量的な評価を無視して、局部的な現象を拡張解釈する誤謬に属するように思われる。

　3)さらに、「クローン人間が社会的に差別を受けるからクローン人間は禁止すべきだ」という意見がある。王位の継承者をクローンで作り出す。貴重な人材を生かし続けるための臓器提供者としてクローンを作る。第二のピカソ、第二のアインシュタインを生み出すためにクローンを作る。などなど、利用目的は明確である場合、「一人の人格を単なる手段として利用するための出産」だから禁止すべきだという理論である。

　「有名人の子どもは社会的な好奇心の対象となるから、出産を禁止すべきだ」という議論と同じである。この場合に、つぎの二点の立証が必要である。(1)好奇心の対象とならないことは、たとえ出産の禁止をしてもその発生を防止すべき重大な権利侵害である。(2)その権利侵害を防止する、唯一の可能性は出産の禁止である。

　クローン人間が社会的な差別を受けるとすれば、その責任は差別する社会の側にある。だからクローン人間を生まないことが、差別を発生させない十分条件だとしても、必要条件ではない。(理論的に言うと、弊害を根拠とする禁止論は、すべて一種の誤謬推理である。部分的な弊害を根拠に全面的な禁止を主張するからである。)

　４）「男女両性の関与が出生には不可欠であるから、クローン人間は禁止すべきだ」という意見。

　ある夫婦が手塩に掛けて育ててきた子どもが二才で死んだとする。両親の嘆きは深く、その精神的な苦痛を解除する唯一の手段は、その死んだ子どものクローンを作ることであると精神科の医師が判断を下す。この場合には、「両性の関与」はあるというべきか、ないというべきか。「両性の関与によらずに生まれる子どもが可哀想だ」（両親がいた方が子どもは幸せだ）という倫理観が背景にあるとするならば、この場合には積極的にクローン人間の出産を認めなければいけないのではないか。（「両性の関与」については、チャペック『ロボット』がすぐれた見解を示している。）

　「男女両性の関与が出生には不可欠であるから、クローン人間は禁止すべきだ」という意見から、生まれる帰結は、「両性の関与が認められる場合には、クローンの出産を認可しなければならない」ということで、全面的な禁止の理由とすることができない。

　５）「優生主義を招くからクローン人間は禁止すべきだ」という意見。　クローン人間を許すと、障害者や、特定の民族の人々への差別が助長されるという意見もある。「社会的な競争の公正を保証するシステムには、産児に対する選択行使の不可能という条件が含まれる。だから新しい選択の可能性を生み出してはならない」という主張もある。上の例のように、「死んだ子どもの双子の兄弟」が欲しいという場合は、「優生主義」だから、禁止すべきだとは言えないだろう。

　６)医療行為は治療の目的に奉仕すべきで、優良な子どもを得るように選択的に操作することは医療行為に含まれないという反対論もある。精神科の医師が、クローンを許す以外に治療の可能性がないと判断する場合が、反証例となる。（医療のアクセス権の成立根拠の問題である。）

第四、禁止対象の特定と禁止の手段

　「安全性」という理由以外の、禁止の目的を明示することは、クローン人間の場合、極めて困難である。だから、禁止の目的を明示しないで、その対象を特定する以外にない。それならば「クローン人間を作り出すことを禁止する」という条項を定めれば問題は解決するだろうか。イギリス、ドイツ、デンマークのように「ヒトの発生初期の操作、具体的にはキメラ、ハイブリッド、クローンを禁止する」という文言で、禁止の対象を示している。

　禁止対象の特定の目的は、まず、立法目的の完遂と濫用の防止である。しかし「人格の尊厳の侵害」に該当しないと言うことができる以上、生物学的に定義する必要がある。

　また「人格の尊厳に反することは政府が禁止してよい」ということは、政府機関がクローン人間の開発に資金を提供しないという意味であるのか、秘密にクローン人間の開発を試みたものは刑法上の犯罪者として扱われるのか。規制の種類と方法が問題になるだろう。

　すると禁止の理由、範囲、方法（予算の停止、刑法上の処罰）、手続きをどうやって決めるかという問題は解決不可能なほどに難しい。禁止の理由として、(1)既成の憲法・法律に違反する、(2)作られるであろうクローン人間の権利を侵害する、(3)クローン人間以外の人間の権利を侵害することは、どれも証明できない。

　ライフサイエンスの倫理規制問題の古典的な前例となったアシロマ会議の協議内容を今日の目で見直すと、つぎの三点が浮かび上がる。

バイオハザードという概念を確立して、その予防の具体的な構造を示したこと、
狭い意味での外部環境への侵害だけでなく、倫理的・宗教的。社会的視野での技術の影響を視野に入れたこと、
それらの問題を研究者の自主的な判断と規制という形で処理する将来的な展望をもったこと。

　そして(1)外部環境へのハザードの封じ込め技術を中心とする限りでのアシロマ会議の原理は、「外部環境への危害を防がなければならない」という古典的な危害排除原則だと言ってよい。クローン人間のような問題も「人間の生殖細胞に操作を行った場合の因果関係に不明な点が多い現在では、人間の生殖細胞に関する操作は行わない」という取り決めとなっているが、これは②倫理的な影響についての議論を棚上げして、当面は「安全性」という原則で「人間の生殖細胞」を操作から除外するという二面的性格のものとなっている。二面的というのは、科学者の視点で見れば「因果関係が不明であるという理由の安全問題」として受けとめることができる。宗教家の目でみれば「当面、生殖細胞に触れないと言う範囲内で消極的に見守ることができる」という態度を生み出している。ここにはもしも安全性が判明したらどのような判断を下すかという点についての、なんらの判断基準人間も含まれてはいない。

　クローン人間を作ることに安全性の面で問題がないと分かった時点で、どういう基準を決めるかという問題は、アシロマ会議の方式からは解答不可能であろう。今、考えられる道はつぎのようなものであろう。

クローン人間を作ることに技術上、危険がないと分かっても、クローン人間を作ることは永久に禁止し、刑法上の処罰の対象とする。（強い禁止）
クローン動物を作ることに技術上、一応は危険がないと分かっても、人間についてはさらに厳密な安全性評価が必要なので、クローン人間を含めて、生殖細胞に関連する操作は、科学者の自発的な合意に基づき、事実上禁止する。（弱い禁止）
クローン人間を作ることに技術上、一応は危険がないと分かっても、人間についてリスクを犯す以上は、そのリスクを越えるメリットがある場合に限られるので、実際の適用には社会的なコンセンサスに対応する許可手続きを必要とする。（制限つき許容）　
クローン人間を作ることについてリスクが存在したとしても、そのリスクが特定の判断能力のある成人に限られる限りで、それらの成人の自発的な合意が成立しているなら、そのリスクを侵す権利が、その成人には存在する。（原則的自由化）

　(1)の強い禁止の対象となる資格を、クローン人間を作ることが備えているかどうかについては、疑問がある。「一卵性の多胎の自然的な出産は合法的であるが、人工的な方法にもとづく出産は違法である」という基準が公正である可能性は成立しにくい。

　クローン人間が、強い禁止の対象にならなかったとしても、しかし、人類はいつか、そのような禁止の対象に当たるような技術開発をする可能性がある。

第五、結論

　クローン人間を作ることに刑事罰の対象となるような違法性を見いだすことはできない。だから、目下、必要なことは日本独自の法案を作成することであるよりは、研究の現状を把握することだろう。

１）プロトコルの点検

　今、日本でヒトのクローンを生むことと最も近接した研究領域は何であるか。ヒトのクローンを生ませることが禁止されたら、研究が不可能になるような研究領域が存在するのか。これを調査して、法制化の必要が切迫しているかどうかの調査をすべきであろう。

２）安全性。

　もしも法制化に切迫した必要がないならば、現行の科学政策で行われている、「クローン人間を作る技術の安全性が確立されていないから生殖細胞に関与する操作は行わない」というガイドラインを、もっときびしくして、「クローン動物を作ることに技術上、一応は危険がないと分かっても、人間についてはさらに厳密な安全性評価が必要なので、クローン人間を含めて、ハイブリッド、キマイラなどを生み出す生殖過程に関連する操作は、科学者の自発的な合意に基づき、事実上禁止する」という路線しか実効性のある規制案はできないだろう。

３）将来の問題。

しかし、この規制案は一時しのぎにしかならない。ある種の技術については、安全性に問題がないと分かっても禁止できるかどうかという問題にまもなく人類は突き当たる。つまり、代理母、胎児の卵子利用、さまざまな人体利用、同性愛者の実子出産、性転換などなど、安全性（他者危害）という観点以外の理由で規制されるかもしれない技術が、次々に登場してくる可能性がある。

４）国際基準の問題。

　禁止は、一つの独立国であれば、その独立国の権限の適用範囲で妥当とみなして良いか。この種の生命操作について、アメリカでは「原則自由例外的に禁止」、ヨーロッパでは「原則禁止例外的に許容」という基本路線が生まれつつある。日本はどうするのか。

　そこで強い禁止の可能なモデルを含めて、倫理学的な考察をあらかじめ、先行的に行い、あらかじめの判断枠を作って、国民の合意を形成しておく必要がある。

　家畜のクローンには実用的な利用価値が大きい。もしも、ある国で「家畜のクローンを禁止」するなら、家畜の輸出入で関係する諸国とどういう調整をする必要が起こるか。人間の場合にも、ある国で禁止された技術も他の国で許可されたなら、禁止された国ではさまざまな不利益を国民が甘受することになる。実際問題として、倫理基準の国際協調が必要になるだろう。具体的には、アメリカの文化が示唆する許容の幅とヨーロッパの文化の示唆する幅にはすでにズレが見られ、東南アジアの許容度とも違ってくるだろう。

　そもそもクローン人間のような問題で、ドイツでは禁止されているから、アメリカで作ろうということが許されるかどうか。世界全体に普遍的に適用できる倫理基準を作る必要があるだろう。人類の合意を形成する能力が試練にさらされるというのが、二一世紀に待ちかまえる人類の課題のあり方であるようだ。（以上）

KATO Hisatake <kato@socio.kyoto-u.ac.jp>

Last modified: Mon May 12 16:45:21 JST 1997