民 族 宗 教 と 新 し い 神 話

----ヘーゲル生命論と宗教----

板井孝 一郎

昨今、ローゼンツヴァイクによって「ドイツ観念論最古の体系プログラム」 と名付けられた思想断片が、国内外を問わずドイツ観念論研究に何等かの形で 携わる者たちのあいだで話題をさらっている[注]。なぜ今この数枚程度の短い断 片に話題の中心が集まるのかについては多くの意見があるだろう。しかしそれ が、ペゲラーがヘーゲル説を立てることで再燃したいわゆる著者問題をめぐっ て議論が紛糾しているから、という単純な理由にあるのではないことは明らか である[注]。全ての形而上学が帰着することになる「ひとつの倫理学 (eine Ethik) 」という叙述をはじめとして、実験という重荷を背負って翼を失って しまった自然学の復活を希求する「大規模な自然学 ( die Physik im Groァ en) 」、人間を機械として扱う歯車国家の廃絶を目指す「人間性の理念 ( die Idee der Menschheit ) 」、その人間性の理念が基づく「より高いプラトン的 意味で理解されている」 「美の理念 ( die Idee der Sch嗜heit )」。こうし た謎めいたある意味では魅惑的ですらある諸カテゴリーをもって展開されてい る思想内容、一言すれば「新しい神話」の可能性というプロブレマティークが、 その後のドイツ観念論哲学のみならず、文学や芸術あるいはまた音楽論といっ た当時のドイツのあらゆる思想展開を貫いているからであることは言を待たな い。のみならず、形而上学、倫理学、自然哲学、国家論、そして美学、芸術学 までをも覆う壮大な体系プログラムの試みが、「神々の不在」、あるいはまた 「英雄の不在」と呼ばれる時代に生きるわれわれ現代人がかかえ込んだ〈精神 の黄昏〉を、何等かのかたちで癒しうるのではないかという期待を (その期待 度は限りなくゼロに近いものから過大評価しすぎているものまで様々であるだ ろうが) われわれに抱かしめるからでもあるだろう。

ところで、こうした「新しい神話」の可能性に対する現代的な期待の真相 が何ものであるのかという課題は、それだけで大きな課題であるのでここでは さておくとしても、若き時代にはこの「新しい神話」の可能性に、ロマン主義 者と称される思想家たちと同様、大きな期待をよせつつも、やがて「分裂の時 代」における失われた統一の回復への道を、「新しい神話」あるいは「新しい 宗教」にではなく、いわば「新しい哲学」に見出したのが、哲学史上ドイツ観 念論の完成者とされるヘーゲルであった。こうしたいわば教科書的なヘーゲル 理解によると、1797年1月 (あるいは 1796年6月)、いまだフランス革命の熱意 冷めやらぬ時に書かれたとされる、新しい時代の理念を高らかに歌いあげた 「新しい神話」の可能性は、ヘーゲルのなかでその情熱のあまりに現実を見失っ た「美しき魂」であるにすぎぬことが暴露され、そのことによって「美の理念」 の実現を目指すエネルギーは、「黄昏の」ヘーゲル哲学の中で現実との「和解」 を見ることになる、とされる。しかし果して事態はそんなに単純なものである だろうか。この問題意識をもとにすれば、次の3つの課題が浮かび上がってく る。

まず第1に、ヘーゲルがまだ「新しい神話」あるいは「新しい宗教」に期 待をよせていたことを伺わせる、いわゆる「1800年の体系断片」を中心に、先 行する諸断片(特に「民族宗教とキリスト教」、「キリスト教の既成的性格」) を随時参照しながら、初期ヘーゲルの「新しい神話」「新しい宗教」の内容を 掴む。

第2に、こうして把握された初期のヘーゲル宗教概念が、はっきりと「哲 学」にとって代わられる時期の完成した諸著作、特に『精神現象学』(1807)、 『法の哲学』(1820)、『精神哲学』(1830)、および『宗教哲学講義』(1821〜 31)での宗教概念と初期のそれとの比較、対照を行う。

第3に、そうすることによって、ヘーゲルがロマン主義的な「新しい神話」 「新しい宗教」のいったい何に反対し、何を継承したのか、あるいはまた別言 すれば、ともすればよく理解されがちなように、ヘーゲルは本当に「新しい神 話」「新しい宗教」の可能性を全否定してしまったのか、あるいはまた何等か の形でその可能性を内含しているのか否かを問う。この第3の課題は、ロマン 主義的な「新しい神話」に対するヘーゲルの批判の視座、ならびにヘーゲルの 選んだ解決の方向の今日的な魅力と問題点を示す一端を切り開くことにつながっ ていくものである。

本論はこの3つの課題うちの第1番目の課題に関して、特に彼の〈生命〉 概念と「宗教」との関係を主軸にすえながら、ヘーゲルの考えていた「新しい 宗教」とは何であったかを探究する一試論である。

1. 「1800年の体系断片」と先行する諸断片

先にも少し触れたように、いわゆる「ドイツ観念論最古の体系プログラム」 (以下「体系プログラム」と略記)には著者問題と、もう一つ年代確定問題が ある。これらのいずれも軽視できない重要な問題ではあるが、本論ではある特 定の著者の作品であるということは断定せず、ヘーゲルの思想内容に大きな影 響を与えていることを認める立場からアプローチすることにしたい。成立年代 については1800年以前であることを承認するだけで本論では十分であると思わ れるので、この問題についてもここでは確定を控えたい。

さて、ヘーゲルはある特定の時期まで、少なくとも1800年にはまだ「新し い神話」に、ないしは「新しい宗教」に、当時のロマン主義者と同じように 「分裂の時代」の治癒可能性への期待を寄せていたと考えられる。それを端的 に示す断片がいわゆる「1800年の体系断片」と呼ばれる2つの部分からなる手 稿断片である。この手稿断片は、H.ノールによって「1800年の体系断片」(以 下「1800年の断片」と略記)という題目が付され、『ヘーゲル青年期神学論文 集』(1907)の中に収録されて以来、普通これを略して「体系断片」と呼ぶのが 習わしとなっているが、ハルトムート・ブフナー ( Hartmut Buchner )も指摘 しているように[注]、これが実際に「体系」の一部分であったかどうかは疑わし く、むしろ「宗教断片」と呼ぶ方が相応しいと提唱していることは肯首しうる ことである。なぜなら、誰もがこの「宗教断片」を見て気づくもうひとつの重 要なカテゴリー、有名な「結合と非結合との結合」 (1.422) という表現で端 的に表されている「有機的なものの無限なる生命性」の真なる実現は、第1部 分のまん中あたりの叙述、「人間のこの高まり(無限性への高まり:筆者)は 有限なるものから無限なるものへの高まりではない。 ( 中略 ) むしろこの高 まりは有限なる生命から無限なる生命への高まりであって、宗教である」 (1. 421) という叙述を見るだけでも明らかに「宗教」に託されていることが理解 できるからである。では、こうした「有機的なものの無限なる生命性」の真の 実現を託されている「宗教」とはいったい何であるのだろうか。「1800年の断 片」における「宗教」の内容について探究するに先だって、それ以前の諸断片 から「宗教」、あるいは「民族宗教」ということの理解にとってポイントとな ると思われる点に絞って見ておくことにしたい。そのことによって、懸案の 「1800年の断片」における「宗教」ということの特異性が、より明確になると 考えるからである。

周知のように、ヘーゲルにとっての「幸福なる民族」のモデルは、1800年 以前からすでに古代ギリシアであった。ヘーゲルの著作の中でもその最初期に 位置する断片「民族宗教とキリスト教」 (1793〜95) の中で述べているように、 彼にとってギリシア的ポリスの共同体の理念は「民族精神の像」すなわち「好 運の息子、自由の息子、美しい想像の教え子」 (1.43) であった。いうまでも なくヘーゲルが自分の時代に見いだしたのは、この「理想」が当時のドイツに はすでに失われてしまっている、ということだった。彼が求めていたのは、 「想像力と心情とに力強くはたらきかけることによって、魂全般に力と感激と を、偉大な、崇高な徳に不可欠な精神を吹き込む」 (1.31) ことによって、 「人間の美しさという理念を、ふたたび、われわれ自身の作品 ( Werk ) とし て悦びをもって認識し、それをふたたび我がものとし、そしてそうすることに よってわれわれ自身への自尊の念を覚えるに至」 (1. 118) らしめる「民族宗 教」の確立にあった。こうした視点に立つヘーゲルにとって、当時のキリスト 教は、こうした民族宗教の理念からは程遠いものとして目に映っていたのであ る。

「なるほどキリスト教の主たる教えは、成立このかた同じままであった。 しかし時勢に応じて、あるひとつの教えがすっかり日陰に押しやられるかと思 えば、また別の教えがことさらに持ち上げられて、日の当たるところに押し出 されて、暗闇に押し込められた教えを犠牲にして、ねじまげられ過度に誇張さ れるか、さもなければあまりにも局限されるかのいずれかであった。」 (1.11)

イエスの教えは、「キリスト教」として教団化し、既成化すればするほど、 その本来性を喪失し、こうしてイエス自身から切り離された「キリスト教」は 「良心を裁き罰するという僭越」 (1.71) を生み出し、「市民社会にまで広げ られてしまった」(1.71) ことにおいて、「キリスト教的警察制度」 (1.71) と堕してしまったのである。こうした「民族宗教」と「キリスト教」の強烈な 対立図式は、先の「民族宗教とキリスト教」のほぼすぐ後に書かれた「キリス ト教の既成的性格」(1795 〜96)の中の、H.ノールによって「ドイツ人の宗教 的想像力」と題された部分では次のように叙述されている。

「キリスト教はヴァルハラを荒廃させ、聖なる森を切り倒し、民族的想像 を恥ずべき迷信、悪魔の贈物として把握させ、その代わりに、その風土も、立 法も、文化も、利害も、われわれとは縁もゆかりもない民族、その歴史もわれ われとはおよそ無縁の民族の想像をわれわれに押し付けた。」 (1. 197)

同じ箇所のしばらく後でヘーゲルは、ドイツにおける「民族的英雄の不在」 を次のように嘆いている。古代ギリシアでは、「資格が不足しているために国 民議会での投票権を与えられていなかった市民でも、いや奴隷として売られね ばならなかった市民でさえも」 (1. 199) 、古代ギリシアの英雄たちが奏でる 力強い神話の調べ、すなわち「あの劇作家ソフォクレスやエウリピデスが美し くも崇高な人間という高貴な姿をとらせて舞台に登場させ、彫刻家ピーディア スや画家アペレースが肉体の美しさを示す純粋な形態として具象化したアガメ ムノンやオイディプスとは何者であるかを」「よく心得ていた」 (1. 199) し、 またイギリスでも「シェイクスピアが戯曲に描いた登場人物は」、「イギリス 人の心に、歴史を深く刻みつけ、一群の独自な表象をイギリス人がすぐに心に 浮かべられるようにした」 (1. 199) のに対し、わがドイツでは「ヘルティー やビュルガーやムゼーウスといった人たちが、この分野で奏でた好ましい演奏 も、わが民族の耳にはどうやらさっぱり響いては来ない」し、そもそも「わが 民族はそういう演奏に耳を傾けて楽しむには、教養化の面で遅れを取りすぎて いる」 (1. 199) のであると。こうした現状のなかで、ドイツ人は「自分の想 像の中にギリシア神話を吸収してきた」 (1. 199) が、それはギリシアの英雄 たちのイメージの助けを借りて、自分たちの民族のなかに自分たちの英雄と民 族の歴史を思い起こす試みではあったが、結局今日のドイツ人は「トゥイスコー たち(ゲルマン民族の祖先:筆者)の祖国は、いったいぜんたいアカーヤ(古 代ギリシア、テッサリア南東部あるいはペロポンネソス半島北部の地域名:筆 者)なのか」 (1. 200) と想像するにすぎない。こうしたことからヘーゲルは 次のように結論せざるをえなかった。「民族が失った想像を再び蘇らせるのが 無駄なことだというのは、いまに始まった話ではなかったし、そんなことをし てみたところで、まず望みはなかった」(1. 200) のだと。この点に、ロマン 主義者たちとほぼ同様に「新しい神話」「新しい宗教」への期待をもちながら も、古代ギリシアの民族的栄華をドイツに復活させることへの疑念のみならず、 ドイツ特有の民族精神の蘇生に対する疑念の萌芽が、相当はやくからヘーゲル のなかに芽生えていたことを読み取ることができよう。そして、この叙述が 1796年夏ごろに脱稿したとするならば、このすぐあとの1796年 6 月説をとる にせよ、1797年 1 月説をとるにせよ、いずれにしても「体系プログラム」の なかで述べられている「新しい神話 (neue Mythologie)」、あるいは、宗教と いう表現に着目すれば「天から送られてきたいっそう気高い精神が」「われわ れの間に打ち立てねばならない」 ところの「新しい宗教 ( neue Religion )」 ということの内容は(ヘーゲルのものであるとすれば)、上で見てきたように、 決して単純な意味でのギリシア的民族精神の復古でもなければ、さらにはドイ ツに固有の失われた民族精神の復古でもありえないはずである。してみれば、 この章の冒頭でみた「1800年の体系断片」に認められた「有機的なものの無限 なる生命性」の真の実現を託されていた「宗教」とはいったい何であるのだろ うか。われわれは再びこの問題に立ち戻ることにしよう。

2. 「宗教」と〈生命〉

さて、ヘーゲルの言う「民族宗教」、あるいは「宗教」ということが、少 なくともすでに「キリスト教の既成的性格」のころから単純な意味でのギリシ ア的民族精神の復古でも、ドイツに固有の民族精神の復古を期待させるもので もなくなりつつあることを見てきた。実は、このことに留意しつつ「体系プロ グラム」、および「1800年の体系断片」を注意深く読んでみると、「民族 ( Volk )」と「宗教」という語句は当然のことながら頻出してはいても、「民族 宗教」という語彙は一度も出てこないことに気づく[注]。

まず「体系プログラム」においては、 Volk という概念は「民族」という 意味であるよりも、むしろ「民衆」の意に用いられており[注]、また「宗教」と いうことについては、この「民衆」がもつべき宗教とは「理性と心情との一神 論、想像力と芸術の多神論」であるところの 「感性的な宗教 ( sinnliche Religion )」であると述べられている。こうした「民衆教育 ( Volkserziehung )」を担う「感性的な宗教」の目指すところがひとつの「民族」 の精神育成 ( Bildung ) に結び付けられていることは、初期に限らず晩年の ヘーゲルにまで一貫していることを否定するものでは決してないが、上の事態 は、ヘーゲルの語る「宗教」の内容が、失われた民族の精神を内含した「民族 宗教」というアスペクトとは相当違った方向を持っていることを示していると いってよい。「体系プログラム」の中で「感性的な宗教」の目指すべきところ は、「啓蒙された人々と啓蒙されざる人々とが互いに手を差しのべあう」とこ ろに成立するものであり、そこでは「もはや民衆は賢者や僧侶に対して侮蔑的 な眼差しをもつこともなく、彼らに対して盲目的なおびえを抱くこともない」 のであった。こうした「すべての精神の普遍的な自由と平等とが支配する」と ころに成り立つ「感性的な宗教」こそが「新しい宗教」に他ならない。

次に、懸案の「1800年の断片」であるが、ここでの「宗教」概念を明らか にするにあたっては、やはり〈生命〉というカテゴリーが際だって重要になっ てくる。この〈生命〉というカテゴリーと「宗教」との関係は、「体系プログ ラム」で提唱されていた「新しい宗教」のヘーゲル的な含意を見る上でも軽視 できない。

さて、立ち入ってこの関係を考察する前に、まず「民族宗教」という表現 が現れてこないことに関して述べておかねばならないことがある。「1800年の 断片」において「宗教」と「民族」との関係について言及されている部分は、 断片、第2部分の終わり近くにあるのだが、そこでは次のように述べられてい る。

「最も完全なる(無限性の:筆者)完成は、その生活ができるだけわずか しか分裂も分解もしていない民族、幸福なる民族の場合には可能である」 (1. 426)

一見するとこの叙述は「有機的なものの無限なる生命性」の完成が、「幸 福なる民族」に託されていることから、ひとつの「民族の宗教」こそが求めら れるかのように読めるが、決してそうではないことがこれに続く次のような叙 述を見ることで明らかとなる。

「もっと不幸なる民族はこの段階に到達できず、むしろその分裂の状態の なかでその民族の成員を維持し、彼らの自立性を配慮しなければならない。」 (1. 426)

言うまでもなく「もっと不幸なる民族」とは、他ならぬ彼が生きている時 代のドイツ民族のことであるのだから、この「不幸な民族」のもとでは「有機 的なものの無限なる生命性」の完成という課題は、「幸福なる民族」において のように分裂も分解もしていないその生活に根ざした民族の精神に、あるいは 「民族宗教」に託すことはもはや決してできないことが確認されねばならない。 したがって、ヘーゲルはこの「不幸な民族」、ドイツ民族にとっては無媒介で 直接的な完成の道ではなく、「分裂の状態」という只中において自分たちの 「自立性を失わないように努力しなければならない」 (1. 426) という道を選 択すべきことを提唱する。

ところでこの「分裂の状態」の只中において「自立性」を維持するという ことを理解するにあたっては、すでに指摘しておいたように〈生命〉というカ テゴリーが重要性を帯びてくる。テクストの順序からすれば多少前後すること になるが、この概念について見ておくことにしよう。断片、第1部分の冒頭は 有名な「絶対的対立がある ( absolute Entgegensetzung gilt ) 」(1. 419) という叙述で始まっている。この「絶対的対立」は「多数の生命あるもの」の なかにあり、そうした生命あるものは「組織 ( Organisation ) 」として考え られねばならない、とされる。この規定のあとで「生命の多数性」ということ が「統一されてあること」と「分離されてあること」という2つの側面から考 察されており、特に第1の側面から「個体性の概念」が導き出されているが、 「宗教」と〈生命〉概念との関係を探ろうとしているわれわれにとって、当面 重要になってくるのは、このあとにでてくる「無限なるものと有限なるもの」 との関係、ないしは「有限なる生命と無限なる生命」との関係において語られ る「自然」と「精神」との関係である。

「1800年の断片」においては第1部分、第2部分ともに「有限なるもの」 と「有限なる生命」とが、また「無限なるもの」と「無限なる生命」とがなに げなく頻出しているように見えるが、一見すると手稿であるという性格も手伝っ て、それぞれが混在してあたかも同義的に用いられているかのような錯覚を覚 える。がしかし、実際にはそれぞれは表現が違うだけでなく、重要な相違があ る。後年のヘーゲルにおいては周知のように自然は精神の疎外された形態であ り、前者が直接無媒介な統一であるのに対し、精神は媒介された自己を「知っ ている」統一であるとされる。この「1800年の断片」はかなりシェリングから の影響を受けていると考えられるにもかかわらず[注]、すでに〈自然〉概念の規 定に関しては、後年のヘーゲルを思わせる相当にヘーゲル独自なものが認めら れる。ヘーゲルは「有限なるものと無限なるものとの統一と分離は、自然のな かにある」 (1. 420) と述べているが、すぐそのあとで「自然は、それ自体で は生命ではない」 (1. 420)と続けている。ヘーゲルにとってはすでにこの段 階で自然とは「たとえ最も価値ある仕方で取り扱われ規定された生命であると しても、それは反省から出来した生命」 (1.420) であって、真実には生命で はないのである。これは自然を即、生命と把握するロマン主義者たちとは大き く異なっている。しかしこの点だけからヘーゲルの自然概念のうちには生命性 を認める立場がないとか、今日的にみて自然環境に対する「理性の暴力」の根 源があるなどということのみを指摘するのは早計である。ヘーゲルの主張をも う少し聞いてみよう。ヘーゲルは自然を観察する立場にある生命、すなわち理 性は「自分自身と無限なる生命とのあいだになお存在するひとつの対立に気づ く」 (1. 421) ことができ、「この思惟する生命(理性:筆者)は、( 中略 ) 死せるものと自らを死に至らしめるものとを含まない関係をではなく、まった く生き生きとした、きわめて力強い無限の生命を高める」 (1. 421) のである、 と主張する。ヘーゲルのこの主張に従えば、自然の生命性とはそのうちに「死」 を含まない、後のヘーゲルの表現を用いれば自己否定の論理を含まない関係性 にすぎないために、決して真なる無限性に達することがないのである。これと は反対に「人間のこの高まり (無限性への:筆者) は有限なるものから無限な るものへの高まりではなく、有限なる生命から無限なる生命への高まりなので あって、宗教である」 (1. 421)。さらにこうした「宗教」としての「無限な る生命は、抽象的な多数性との対比からすれば、精神と称することができる」 (1. 421)とされる。

こうして「精神」と等置された「宗教」、あるいは「宗教」と等置された 「精神」が「生命あるものである多様なものを統一している生きた法である」 とされる点などは、後年の『法の哲学』での、「法の体系は、実現された自由 の王国であり、精神自身から生み出された、第二の自然としての精神の世界で ある」(7.46)という叙述との関連性を想起させる。この観点からすれば、いわ ば自然という「第一の自然」に重点を置き、そこに〈生命〉をみるロマン主義 者に対して、ヘーゲルは精神という「第二の自然」を重視し、そこにこそ真に 無限なる〈生命〉を見ようとする、ともいいうるだろう[注]。こうした点からす れば、ヘーゲルの〈生命〉概念は初期シェリングやヘルダーリンを代表とする 当時のロマン主義的な生命概念の強い影響を受けている点で、ロマン主義的な 出自をもっているとはいえ、すでにその誕生当初から相当違ったものであるこ とが理解できる。だからヘーゲルは「生命は結合と非結合との結合」 (1. 422) であると述べる前に、おそらく彼の理解するロマン主義的な生命概 念の弱点を意識して「しかし、生命は統一や関係としてのみ考えられてはなら ず、同時に対立として考えられねばならない」 (1. 422) と主張したのである。

3. 無限なる生命としての「宗教」と、自己否定の論理としての「死」

先にヘーゲルの〈生命〉概念が「自然」においてではなく、むしろ「宗教」 としての「精神」に成立することを見た際に、そこには後年のヘーゲルの表現 を借りれば自己否定の論理としての「死」ということがあるか否かということ が、ひとつの大きなメルクマールになっていることを指摘しておいた。ここで はこの自己否定の論理としての「死」ということと「宗教」との関係を、もう 少し立ち入って見てみることにしたい。ヘーゲルは「生命は結合と非結合との 結合」であるという規定をしたしばらくあとで、「有限なるものは、それ自体 が生命である限りにおいて、無限なる生命へと高まることができる」 (1. 422) と述べているが、このすぐあとで「それゆえにこそ哲学は宗教が現 れれば、手を引かねばならない」 (1. 422) として、哲学よりも宗教を優位に 位置づける。この位置づけは後年の立場と逆であることは一見して明らかであ るし、その点だけでも興味を引く問題ではあるが、ここではこの事実を確認す るだけにとどめて、「死」と「宗教」の関係を明確にすることを果たすために 先を急ぐことにする。

さて、「哲学」よりも「宗教」の優位性が述べられたところで第1部分は 紛失しており、第2部分はほとんど「宗教」の問題が中心をしめている。ここ では有限なる生命の無限なる生命への高まりという問題が、有限なるもののう ちに無限なるものを感得する「神的感情 ( G嗾tliches Gef殄l )」(1. 423)の 問題として論じられることで始まっている。ヘーゲルは「際限なき空間を満た す無限なる存在は、同時に一定の空間のうちに存在している」(1. 424) 端的 な例としてマリアの母胎内にいるイエス・キリストを挙げて、次のような句を 引いている。 至高の天が包み込むことのなかった者、
その者はいまマリアの胎内にいる。 (1. 424)

後年のヘーゲルではこのイエス・キリストその人こそが、父なる神として の全き「霊性 ( Geistigkeit ) (=抽象的普遍)」を自らの「死」をもって 否定し、その自己否定を経て復活することによって、子なる神という特殊性に おいてありながらむしろ真なる「霊性(=具体的普遍)」を獲得するという三 位一体の論理構造を弁証法的に形取る否定性となることは周知のところである。 しかしながらここでは、イエスその人にこうした自己否定の論理としての「死」 の役割は明確に付与されてはおらず、むしろこの引用のあとで展開されている のは「財産放棄」との関係における「死」の問題である。ヘーゲルは「もし人 間が物に固執していたならば、宗教の条件を満たすことはできない」(1. 424) として、「このような人間は、あるものをなお手離さず、物の支配にとらわれ、 また物への依存にとらわれているがために、無限なる生命との統一を実現でき ないであろう」(1.424)と述べている。先にいわれている「宗教の条件」とは、 「絶対的客観性を脱していること、有限なる生命を越えて自己を高めてしまっ ているということ」(1.424)と説明されているが、してみれば、物に固執する とは自己所有に固執すること、換言すれば自分であることに執着しつづけるこ とでかえって自分であることを獲得できないでいること、であるといいうる。

自己の「絶対的客観性」、すなわち自分だけで自分であるということのう ちには、自己を否定する運動の契機を見出すことはできない。しかしヘーゲル は「所有の運命は必然であって、放棄されえない ( kann nicht aufgehoben werden )」(1.425)ことを認め、「その財産のうちの一部分を神の前で否定す る ( vernichtet )」(1.425)と述べている。しかしこの「一部分」のみの否定 ということは、自己否定の不徹底さを意味しない。なぜなら、否定(放棄)さ れるのは一部分であるにしても、こうした「否定」が、必要最低限の財産以外 のものを「放棄し、それを友人と共有する」(1. 425)という私利私欲のない 「財産放棄の無目的性、否定のための否定」(1. 425)であるからであって、こ うして「彼は、対象との関係を完全に否定することによって、すなわち死によっ て、かえって対象の対象性を完全にした」(1. 424)からである。こうした自己 否定の論理としての「死」を完遂することこそ「宗教の条件」であって、この 条件なくしては有限なる生命を越えて無限なる生命に高まることはできないの である。そのゆえにヘーゲルにとって真に無限なる〈生命〉とは、その内に矛 盾も対立も含まない自然性に成立するようなものではなく、矛盾も対立もある 苦悩する生命、すなわち自己を否定する〈死〉の力をそのうちに宿すことがで きる生命であるといいうる。この〈死〉の契機への重視があればこそ、先にも 少し触れたように、キリスト教を既成宗教としてではなく、イエスの死と復活 をもって自らを真に普遍的な「精神」の境位へと高めることができる「普遍宗 教」として評価しなおすことになったのだともいえよう。

・若干の結論

ヘーゲルの〈生命〉概念の内には自己否定の論理としての「死」という契 機が貫かれており、それが成立するのは矛盾や対立のない「自然」にではなく、 無限なる生命である「精神」としての「宗教」においてであることを見てきた。 このあと第2部分の叙述は、本論の2、においてすでに見た「幸福なる民族」 と「不幸なる民族」とについての叙述に続いている。したがって、われわれも ここでヘーゲルが目指した「新しい宗教」とは何であったのかについて、不十 分ながらもひとつの結論を示す必要があるだろう。

ヘーゲルはもはや失われた民族的統一を復古させることを目指す「民族宗 教」に期待してはいない。「不幸なる民族」としてのドイツ人にとっては、 「幸福なる民族」と同じ道をもってしての「有機的なものの無限なる生命性」 の完成はありえないのであって、「分裂の状態」という只中において自分たち の「自立性を失わないように努力」するという道を選択すべきであることを彼 は提唱していた。こうした「分裂の状態」の只中において自らの「自立性」を 維持するには、あるひとつの条件、すなわち「宗教の条件」が必要であった。 それこそがロマン主義的なそれとは一線を画する、彼の〈生命〉概念を貫いて いた自己否定の論理としての「死」の契機であることをわれわれは確認した。 ヘーゲルは第2部分の終わりで次のように論述している。

「無限なるものは、それが総体性に、つまり有限なるものの無限性に対立 している限り、最も完全なものである。このことは、美しき統一の中でこの対 立が廃棄されている限りにおいてそうなのではなく、統一が廃棄されている限 りにおいてそうなのである。」(1. 427)

「有限なるものの無限性」と等置されている「総体性 ( Totalit閣 ) 」と いうことがいったい何を言わんとしているかについては、現存する断片のなか でも一度だけしか現れてこないカテゴリーであるだけに、安易な解釈を寄せ付 けない難解さがともなっているのだが、これまでの論究を踏まえてひとつの結 論めいたことを述べることが許されるとすれば、次のようになる。真に無限な るもの (実現されるべき理念あるいは生きた精神 ) は、有限なるものの加算 的総和(総体性)としてある無限性とは無媒介には合致しえない、対立関係をも つことにおいてのみ完全たりえるのであって、この対立を欠いたところ、すな わち「美しき統一」という実際には失われてしまっている過去の栄華のなかに 「自立性」を維持することなく埋没しているような〈生命なき生命〉において ではなく、幻想的 ( romantisch ) な統一を「廃棄」する「あらゆる自然を越 えた本質 ( ein Wesen 歟er aller Natur ) への関係」(1. 427)においてこそ、 「新しい宗教」が成立するのであると。

しかしながら、ヘーゲルの考えていた「新しい宗教」が、どこまでも現実 を見すえた非幻想的なものであり、自然にではなく「精神」という境位に成立 するものであるとするならば、「体系プログラム」で提唱されていた「詩芸術 (dich-kunst)」を主軸にすえた「感性的な宗教」の理念はどこにその存立を見 いだしうるのだろうか [注]。あるいはまた「民族宗教」を否定したところ、す なわちその自然性を乗り越えた精神の努力にこそ「新しい宗教」が求められる にしても、例えば サヴィニーやグリムの目指していたひとつの民族の生活に 根ざした 「 習俗 ( sitte )」としての〈法〉、別言すれば「法の内なるポエ ジー」という側面は、ヘーゲルの中ではどのように位置づけられていくのだろ うか。ヘーゲルにおける〈生命〉概念と「宗教」、「精神」などとの関係につ いての引き続く探究とともに、これらの課題は他日に期したい。

((テキストからの引用について))

ヘーゲルのテキストからの引用は基本的に以下のものに依った。

Werke in zwanzig B穫den. Theorie Werkausgabe.

Hrsg. von E. Moldenhauer und K. M. Michel, Suhrkamp, Frankfurt am Mein, 1971.

Hegels theologische Jugendschriften.

Hrsg. von H. Nohl. T歟ingen, 1907. Nachdruck 1966.

本文中の引用文は、1800年までの初期ヘーゲルの著作群に関しては、H.ノー ル編(久野・中埜訳)『ヘーゲル初期神学論集』(以文社)を、『法の哲学』 については世界の名著(岩崎武雄)『ヘーゲル』(中央公論社)所収の邦訳を 参照し、必要に応じて訳文を変えたものである。引用箇所の指示については、 上記のズールカンプ版全集の巻数とページ数を記しておいた。

なお、「ドイツ観念論最古の体系プログラム」に関しては上記のズールカ ンプ版第1巻に収められているものと、M. Frank / G. Kurz (Hrsg): Materialien zu Schelling philosophischen Anf穫gen. Suhrkamp, Frankfurt am Mein, 1975. に収められているものの両方に依拠したが、最終的には上記 のズールカンプ版に依っている。また邦訳については『ヘーゲル研究』Vol.12 所収の寄川条路訳、ならびに薗田・深見編『無限への憧景』(国書刊行会)所 収の神林恒道訳を参照したが、本文中のものは必要に応じてそれらの訳文に変 更を加えていることをお断りしておく。またこの断片は極端に短く、多くの文 献に収録されているものであるので引用指示は特に記載しなかったことを断わっ ておく。

(いたい こういちろう 博士後期課程一回生)