ハイパーリンクの倫理学

大谷卓史

本報告では、インターネットのWWW（World Wide Web）で利用されるハイパーリンク（リンク）に倫理問題があるのかどうか考察する。

ホームページにリンクを張ったことで法的責任が問われている事件が、最近２つある。一つは、96年に関係者が逮捕されたいわゆるFLMASK裁判（岡山地裁および大阪地裁）の事例である。この事件では、わいせつ画像の可逆的な修正にも使われるマスキング・ソフトの作者が相互リンクによってわいせつ物陳列罪の幇助に当たるとして起訴され、99年2月現在も係争中である。

もう一つは、96年の広島県のプロバイダの役員が逮捕されたケースである。このケースでは、広島県のプロバイダが自社のWWWページからわいせつな情報がない会員ページにリンクしたところ、この会員ページがわいせつ画像のあるホームページにリンクしていたことから、わいせつ物陳列罪に当たるとして、広島県警に同社の役員が逮捕された。

この2つの事例によると、ハイパーリンクを張ることそれ自体に倫理的・法的問題があるかのように一見思われる。

しかし、リンクを張ることそのものに倫理的問題があると考えるのは、ハイパーリンクの本質的機能が「場所の指定」にすぎないことを見失っているように思われる。本稿では、ハイパーリンクの機能を検討することで、ハイパーリンクが倫理上どのような問題をもつのか、あるいはもたないのかを明らかにする。

１．ハイパーリンクとはどのようなものか

ハイパーリンクは、一般にコンピュータ上のあるファイルと別ファイルを論理的に関連づける手段である。インターネット上のWWWもハイパーリンク構造をもち、インターネット上に散在する関連文書を次々と閲覧していくことが可能になる。以下でハイパーリンクと言う場合、特に断らなければ、WWWのハイパーリンク機能を指す。

ハイパーリンクが倫理的にどのような問題をもつかを検討する前に、WWWでハイパーリンクがどのように提供されているかをまとめる。

Ａ．WWWとHTMLのしくみ

WWWは、一般にHTML（Hyper Text Markup Language）で記述された文書をWWWブラウザで実行・解釈し、閲覧する。 HTMLには、次の３つの特徴がある。

１．文書構造記述言語であると同時に、レイアウトを記述する言語でもある。

文書は一般に章・節・項・段落などの入れ子構造をもつ。HTMLは、文書中の要素が何に当たるかをタグで記述してこの入れ子構造を表現できる。しかし、SGML（Standard Generalized Markup Language）やXML（Extensible Markup Language）とは異なり、文書構造のみならず、レイアウトを記述するタグをもつ。

２．インターネット上のリソースへのハイパーリンク

HTMLは、ある文書ファイルの部分から、インターネット上に存在する別ファイル（HTML文書や画像、音声、映像など）もしくは別のHTML文書の指定した部分に対して、ハイパーリンクを張ることができる。HTMLでは、下記のようなタグを使ってハイパーリンクを指定できる。

このHTML文書をWWWブラウザで閲覧し、この「アンカー」という部分をマウス操作によるクリックなどで選択すると、タグで指定されたURLのファイルが表示される。

３．インターネット上のリソースをインライン表示

HTMLは、ある文書中にインターネット上のリソースをインクルードし、インライン表示することができる。これも、タグで指定する。画像や音声のほか、JavaアプレットやJavaScriptを利用したアニメーション、プラグインソフトを利用して映像なども表示できる。

例：<IMG SRC=表示したいリソースのURL>では、指定したURLにある画像などが表示される。

Ｂ．WWWにおけるハイパーリンクの働き

1.ハイパーリンクの基本的なしくみと働き

それでは、ハイパーリンクはどのように機能するのだろうか？作成から、ハイパーリンクを利用する場面までを通して見てみよう。

そもそもハイパーリンクが使えるためには、HTML文書の作成者が、文書中に前述のようなタグを記述しなければならない。このタグを記述することで、彼は、情報やソフトウェアの位置とその転送方法（これは、URL：Uniform Resource Locatorと呼ばれる）を指定することになる。

この指定するURLのリソースは、自分の管理するファイルでも構わないし、誰かほかの人が管理するファイルであっても原則的にかまわない1。インターネットに接続されたサーバ上にあるファイルならば、原則的に何であれハイパーリンク先のリソースとして指定することができる。

しかし、ハイパーリンク先のリソースは、ハイパーリンクの作成者が意図したものであり続けるかどうかはわからない。原因はどうあれ、ファイルが移動してしまうかもしれないし、ファイルそのものが消えてしまうかも知れない。指定したURLのファイルそのものは存在しても、内容が変更されるかも知れない。また、単純にURLの記述を間違える可能性も少なくない。

ハイパーリンクの作成者とハイパーリンク先の文書の作成者が同じであってさえも、こうしたことは起こりえる。たとえば、意図せずしてリンク先の文書を移動・消去してハイパーリンクを修正し忘れたり、ハイパーリンク先の文書を更新したにもかかわらず、ハイパーリンクのアンカーやその周辺の表記を変更し忘れた場合などが考えられる2。

次に、このHTML文書がWWWサーバー上で公開され、誰か閲覧者がこの文書にアクセスしたとしよう。この閲覧者は文書閲覧中に気が向いたならば、この文書のハイパーリンクのアンカー部分をマウス操作によるクリックなどで選択するかもしれない。そうすると、HTTPによる転送が起動され、ハイパーリンク先の文書がWWWブラウザ内に表示される。

この説明でわかるように、一般的に言って、WWWではハイパーリンク先のリソースを閲覧する、しないは文書の閲覧者に任されており、作成者はアンカーを提示することしかしない。

また、文書の閲覧者はハイパーリンクが指定するリソースが本当のところ何であるかをアンカーを選択して閲覧してみるまでは知ることはできない。アンカーやその周囲にあるテキストや画像などのコンテントを見て、「おそらくハイパーリンク先にはこのようなリソースがあるのではないか」という不確実な予測のもとで閲覧者はアンカーを選択する。これでHTTPによる転送が起動される。この結果、リソースがクライアントにダウンロードされてくることになる。

さらに、閲覧者はハイパーリンクで指定されるリソースが存在するかどうかも事前に知ることはできない。これは、先ほど作成者の立場から見てハイパーリンク先のリソースが消えてしまったり、内容が変更されていることがありえると書いたとおりだ。先にリソースが存在しないハイパーリンクは一般に「Broken Link」と言われる。WWWページを閲覧していて、珍しくない現象である。

いずれにせよ、閲覧者が期待するものを常に得られるというわけではないのである。

2．ハイパーリンクの連鎖

WWWでは、URLで指定さえできれば、ハイパーリンク先のリソースが物理的にどこにあるかは関係ない。同じディスク上にあってもよいし、海を越えた外国のサーバーのディスク上でもかまわない。

また、あるHTML文書から別のHTML文書にハイパーリンクを張ると、第二のHTML文書がさらに第三のHTML文書にハイパーリンクを張っているということはよくあることである。ハイパーリンクで指定したリソースさえあれば、何段階であろうとハイパーリンクを辿って次々に文書を閲覧していくことが可能である。

直接ハイパーリンクを張っているリソースが何であって、どのような内容であるかをハイパーリンクのアンカーをもつ文書の作成者は知っているかもしれないが（もちろん、先ほども述べたように、直接ワイヱーリンクを張っているリソースが消えたり、内容が変更してしまうことは十分ありえる）、さらに先のハイパーリンクの指定するリソースが何であるかを知っているとは限らない。原理的には無限のハイパーリンクを張ることができるし、ハイパーリンクの先にどんなリソースがあるかは作成者以外知ることができない。そのため、ハイパーリンクをひたすら辿っていくと思いがけない情報やソフトウェアにたどり着くこともまれではない。

逆に、自分が作成した文書にハイパーリンクが張られているかどうかは、いくつかのサーチエンジンに設けられている「リンク逆探知」3機能などを使わない限り、わからない。また、リンク逆探知機能を使っても、自分の文書にハイパーリンクを直接張っている文書にハイパーリンクを張っている文書はすぐにはわからない。再度、リンク逆探知機能を使わなくてはならない。リンク逆探知も、ハイパーリンクが張られている限り、どこまでも辿っていくことができる。

このように、自分の文書から見ると、ハイパーリンクの連鎖はどこまでも無限に続きうることになり、これを把握するのは通常不可能であることがわかる。

3.意図せざるハイパーリンク

従来は、HTML文書はエディタなどで作成する必要があった。ハイパーリンクを作成するのにも前述のタグを文書中にわざわざ入力する必要があった。

最近では、わざわざタグをそのまま一つ一つ打ち込まないでも、アンカーを入力しそれをマウス操作で選択し、「リンク」などのボタンを押してURLを所定の場所へ入力すればハイパーリンクを作成してくれるHTML専用のエディタなどもある4。

また、ワードや一太郎などのワープロソフトでもハイパーリンクを簡単に作成できる機能がある。タグなしでマウス操作だけで指定できるだけでなく、あらかじめ書式設置をしておけば、URLと思しき文字列を入力すると即座にハイパーリンクとして表示する機能をもっている5。

さらに、Outlook ExpressやNetscape Messengerなどの電子メールソフトは、URLが書き込まれた電子メールを受信すると、そのURL部分をハイパーリンクのアンカーとして表示する機能がある（アクティブ・リンク機能）。もちろん、通常の電子メールはHTML文書ではないタグなしのテキストファイルである。送信者がハイパーリンクとして表示しようと意図しようと意図しまいと、勝手にハイパーリンクに変更してしまうわけである。

また、サーチエンジン・サービスを利用する場合、いわゆる全文検索系もしくはロボット系と言われるもの（gooやInfoseekなど）であろうと、ディレクトリ・サービスと言われるタイプのサービス（Yahoo! JapanやCSJなど）であろうと、URLの指定さえおこわなくてもハイパーリンクが生成されてしまう。全文検索系サーチエンジンの例を見ると、これがどのようなことか明らかになるだろう。

全文検索系サーチエンジンの事業者は、ソフトウェア・ロボットがインターネット上を巡回し自動収集したホームページを索引化し、データベースに収める。これをユーザーがキーワードで検索すると、キーワードが含まれるホームページのリンク集（あるテーマやキーワードに沿って複数のＷＷＷページへのハイパーリンクを一覧として提供するHTML文書のこと）が自動生成される。サーチエンジンの事業者もキーワードを検索したユーザーもURLの指定を行っていない。サーチエンジンそのものが自動的にURLを探し出し、リンク集を作成しているだけである。

ハイパーリンクの生成には、最終的にはURLの指定さえも必要ない。この場合、ハイパーリンク先の内容をサーチエンジンの事業者も検索者も知ることがないであろう6。

4.ハイパーリンクは場所の指定以外の何者でもない

Outlook ExpressやNetscape Messengerのアクティブ・リンク機能に見られるように、URLを書くこととハイパーリンクを作成することに何も変わりがない場合がある。ワープロソフトでもこれは同様で、設定によってはURLを書くことがそのままハイパーリンクを作成することと何も変わらない。

また、HTML文書中にハイパーリンクとしてURLを提示するのと、ハイパーリンクにはせずに単にURLを書くことにどれだけの違いがあるか考えると、その違いは多少の手間がかかるかかからないかという程度であることがわかる。

どちらの場合も、リソースが存在するインターネット上の場所とその転送方式を指定しているという点ではまったく変わりがない。ハイパーリンクではなく単にURLを書き込んである場合でも、そのURLをコピーしWWWブラウザの閲覧したい文書のURL指定を行う入力スペースにペーストすれば、その文書を閲覧できる。

さらに進んで、HTML文書ではなくて、雑誌や書籍などにあるWWWページのURLを掲載することを考えよう。この場合、コピー＆ペーストはできないので、WWWブラウザのURL入力スペースに手で入力する必要があるが、よほど深い階層をもっていたり、ファイル名が長いものでない限り、多少の手間がかかるだけである。URLがいくら長くて複雑でも、手で入力できないというわけではない。

書籍や雑誌でURLに誤植があったとしても、これは通常のハイパーリンクと変わらない。前述のように、ハイパーリンク先の文書に何らかの理由によりたどり着けないことはそれほど珍しいことではないからである。

さらには、URLをメモに書いて手渡したり、口頭で伝えたりすることも、ハイパーリンクと本質的な違いはないことがわかる。そこで転記ミスが生じたとしても、WWWブラウザに入力の手間がかかったとしても、インターネット上のリソースの場所を指定するという本質的機能は変わらないからである。

口頭やメモでURLを教えた場合にも、先ほどハイパーリンクで見たような現象が生じるのは明らかである。つまり、口頭やメモで教えたURLのリソースが消えているかもしれず、また内容が変更されているかも知れない。そのURLの文書より先にどのようなリソースがリンクされているかも知ることはできない。今度は、口頭やメモで指定したURLの文書が新たな文書の場所を指定しているだけで、そのリンクさえも口頭やメモでURLを指定するのとなんら変わることはない7。

メモに書いて手渡したり、口頭で伝えることがほかの場合と異なるとしたら、URL情報をやりとりする相手がお互いに誰であるか明らかにわかっているということだけである。

ハイパーリンクは、インターネット上のリソースのURLを他人に伝えるさまざまな手段のうちの一つでしかないことがわかる。そのURLを参照しようというものにとっては、多少の手間がかかるかかからないかの違いでしかない。URLを入力するという人間の手間をWWWブラウザソフトに肩代わりさせているのに過ぎないと考えられる。そしてこの手間もあくまでも「多少の」ものでしかない。

つまりは、本質的差異はどこにもないのである。ハイパーリンクは場所の指定であって、メモや口頭でURLを教えることと本質的な違いがあるとは言えない。ハイパーリンクに何か倫理的問題があるとしたら、インターネット上のリソースの場所を教えるほかの手段と区別した何か特別なものがあるとは考えられるない。

URLを教えることと本の場所を教えることは比喩となりえるか

WWWのハイパーリンクがメモや口頭でURLを教えることと、本質的に違わないとすると、その倫理的含意もメモや口頭でURLを教えることとは変わらないと考えることが自然である。

しかし、URLを教えることを「どこそこに本がある」と教えることと同一であるかどうか8考えると、多少の疑問が残るかもしれない。

「どこそこに本がある」と言われた場合、その本に興味があれば、私はその指定された場所まで行き本を探し、その本を取り出して開くことだろう。

一方、URLを口頭で教えられた場合、同じくそのURLの文書やソフトウェアに興味をもてば、私はWWWブラウザでそのURLを指定し、その文書やリソースをコンピュータ上にダウンロードするだろう。

この場合、そのURLに悪意あるプログラムが仕込まれていたとすると、どうだろうか。実際よくある悪戯に、WWWブラウザのウィンドウを無限に開き続けるJavaScriptをそうしたハイパーリンク先に仕込んでおくことがある。このリンクのアンカーをクリックすると、この悪意あるJavaScriptが起動することになる。このJavaScrptにぶつかった場合は、コンピュータをリセットする以外に対処法はない。

それ以外にも悪意あるActiveXコントロールの中にはWWWブラウザに登録されているユーザー情報を読みとって通知したり、ハードディスクを消去したりするものがある。いずれも明確に損害を受けることが予想される現象である。

こうした被害は、本を読むことだけで受けることはまずないものである。アンカーをクリックすることがソフトウェアをダウンロードし起動するという操作を一度に行うことに等しいからこそ起きることだと言える。悪意あるハイパーリンクはその作成者が特定できるWWWページにはまず存在しない。匿名性が高く、不特定多数の人間が文章やハイパーリンクを書き込める電子掲示板（BBS）や、作成者が誰であるか追跡が比較的難しい海外のレンタルサーバーなどでしか見ることのできないものだ。

本の場合は、せいぜい「どこそこにある本」を開いたとき、嫌悪を催すような絵や写真、描写に出会って不快に感じたり驚かされるという程度のことである。このように思いもよらぬ絵や写真、描写によって不快感を催したり、驚かされるということは、ハイパーリンク先のURLを開いたときにもありえることだが、悪意あるソフトウェアが自動的に起動されることで生じるような被害は本を開いただけではまずありえそうもない。

しかし、こうした極端な想像を行うことで反論が可能なようにも思える。「どこそこに本がある」と口頭で伝えた人が相手に悪意をもっており、その本を開くと毒針が飛び出す仕掛けになっていたとする。その毒針が指先にでも刺さればという悪意ある仕掛けで、これは悪意あるJavaScriptやActiveXコントロールなどをハイパーリンク先の文書に置いて、素知らぬ顔でそのURLを教えることと変わらないと思える。

本に毒針を仕込んで「どこそこにこれこれの本がある」と指定することも、悪意あるハイパーリンクも本質的には変わらない。理由は次の２点である。第一に、何かの場所情報を与え、それを得ようとすると被害を受けるという形式が同じである。第二に、毒針が与える苦痛とハードディスクを消去される苦痛を比較することは困難だが、実質的被害を加えることには変わりがない。それでは誰かが「どこそこにこれこれの本がある」と言ったときは、われわれは比較的安心して本を探しに行けるが、これはなぜなのか。

もちろん、それは目の前の相手が誰であるかわかっているからで、これはハイパーリンクでも同じである。誰が作成者かわかるハイパーリンクについては、通常安心して選択できる。「悪意あるハイパーリンク」は作成者が特定しにくいBBSやWWWページでしか通常見られないことなのである。

実際毒針の被害に遭わずにわれわれがいることを考えてわかるように、悪意あるハイパーリンクはあくまでも匿名性が高い場所で起きる現象であることがわかる。そうすると、悪意あるハイパーリンクを仕込むことは、針や毒物をコンビニエンス・ストアやスーパー・マーケットに陳列されている食物に混入することとある意味では変わらないと考えられる。

そうすると、「どこそこに本がある」と指定することとハイパーリンクは「場所を指定する」という本質的機能は変わらない。あくまでも現実世界では追跡可能と考えられる場面でしか情報の伝達が起こらないから、こうした毒針被害がごく少ないだけなのである。

ハイパーリンクをめぐる倫理的問題

以上のような考察からわかるように、一見してハイパーリンクに倫理的問題があるかのように見えるときは、一度立ち止まり何かの場所を口頭やメモで伝えることの比喩で考えてみるとよさそうだ。場所を口頭やメモで伝える比喩が使えなくなる場合もあるだろうが、そのときはハイパーリンクに固有の倫理的問題が存在することを示唆していると考えられる。ここでは、ハイパーリンクに倫理的問題があるかのように思われる仮想的事例・実例によって、ハイパーリンクの倫理的意義を考える場合、「場所の指定」以外の性質を考慮する必要があるかさらに検討する。

１．参照先のリソースによって閲覧者や第三者が不利益を受けた場合、ハイパーリンクを作成した者には責任があるか？

ハイパーリンクを張ったところ、ハイパーリンク先のリソースによって、閲覧者が不利益を受けたとする。この不利益には、虚偽の文書内容による不利益（たとえば、癌を治すと主張する民間療法の情報が存在し、この民間療法を信じて続けたところ、実践者が亡くなってしまった）であったり、そのハイパーリンク先にあったソフトウェアの致命的なバグやウィルスによって、被害が生じたという場合が考えられる。先ほどあげたようにハイパーリンクのアンカーをクリックするとすぐに起動する悪意あるJavaScriptやActiveXによる被害もありえるはずだ。

口頭やメモである情報や物の場所を教えたとき、その情報や物を利用することで利用者に不利益が生じると知っていたとするなら、その人は不誠実な人間と非難されることだろう。しかし、それを知らなかったとするなら、単に能力不足もしくは注意力不足という非難が適当である。

ハイパーリンクでも同様で、同じように不誠実である場合と能力・注意力不足である場合が存在するに過ぎないと考えられる。実際の被害を賠償する責任があるかどうかは、おそらく口頭やメモで情報や物の場所を指示した場合と変わらないと考えられる。

わいせつ画像をホームページで公開することが従来の刑法にいう猥褻図画公然陳列や猥褻図画頒布に当たるかどうかそのものが重要な問題だが9、猥褻画像のあるホームページへのハイパーリンクが刑法上の罪を問われるならば、口頭やメモでURLを教えることも何らかの法的制裁を受けねばならぬことになるだろう。

これは、しかしわれわれの常識に反するように思われる。せいぜいが自分の望まぬ不快なものをみてしまった場合にはハイパーリンク作成者の非常識を非難する程度のことではないか。現実世界で考えてみると、猥褻図画を頒布・販売する業者の店舗の電話番号や住所を教えただけで法的処罰を受けるとは思えないからである。ましてや猥褻図画取り締まりの法令が異なる海外に存在するＷＷＷページへのハイパーリンクがどうして法的処罰の対象になるのか疑問は大きい。

２．無断リンクを禁じることはできるのか?

無断リンクお断り、もしくはリンクはフリーという表示をトップページで行っているWWWページが少なからず存在する。「リンクを行う場合には通知してほしい」という表示もWWWページを検索・閲覧しているとよく見かける。こうした表示は、ハイパーリンクを張るのは、ハイパーリンク先の文書の管理者がハイパーリンクを張るか張らないかを決定することに何らかの関与ができる権利をもつことを主張するものである。

しかし、ハイパーリンクを張るという行為は先ほど確認したように、あくまでもその本質は「場所の指定」である。メモや口頭でURLを伝えることと本質的差異はない。誰が閲覧するかわからないインターネット上にWWWページを公開した時点で、パスワード認証などの適切なアクセス制御手段を設けない限り、閲覧者を限定することはできない。

そうなると、無断リンクお断り、もしくはリンクフリーという表示をトップページに置くことはどれだけの意味があるのか疑問が大きくなる。ハイパーリンクを張ることでそのWWWページからハイパーリンク先のWWWページへ誘導される閲覧者が恒常的に存在するようになるのは確かだが、原則的に誰が訪ねるか妥当な技術的手段によって制限しないWWWページの場合、自分のページにハイパーリンクを張ってよいかどうか決定できる権利を有すると考えることにどれだけの意味があるか理解が困難である。

しかし、例外的な事例も存在しそうだ。たとえば、サーバーや回線容量の制限からアクセス数があまりにも増加することを望まない場合、または人によっては不快感を与える可能性があるページでリンクの張り方に注意をしてほしいという場合などは、「ハイパーリンクを張る場合に文書の管理者に通知して欲しい」と表示することはある程度の意味をもつかもしれない。前者の場合はアクセスが集中することで逆にダウンロードに時間がかかるようになることで公開に支障が出るかも知れない。また、後者の場合不快感を他者に与えないという配慮は十分意味がある。このような例外を除き、ハイパーリンクを行ったり、雑誌にURLを掲載することに対して異議を唱えるのは不合理であると思われる。

ハイパーリンクを日本の著作権法上の問題があると解釈することはできないと法律家には理解されている。この根拠も、リンクを張るのは情報の所在情報を示しているだけであり、索引を提供しているだけにすぎないというものである10。

ただし、米国では、リンク先ホームページの表示方法が著作権侵害であるとして、提訴された例がある。

米トータル・ニュース社は、世界中のニュース関連ホームページにリンクを張り、有名メディアの名称などを表示するアンカーをクリックすると、画面上にトータル・ニュース社のフレームが残り、別フレーム内にそのニュースが表示されるサービスを行っていた。これはただ乗りによって広告収入をあげており、著作権侵害、不実表示、不正競争、登録商標侵害に当たるとして、97年2月に米ワシントンポストなど数社がニューヨークの連邦裁判所に同社を提訴した11。

この事例は、ハイパーリンクを利用して「場所の指定」を越えて、あたかも自分の著作物であるかのようにほかの著作物を表示できるという問題を指摘しているのだろうか。これはそうでないと考える。「あたかも自分の著作物であるかのように提示する」というだけならば、自分で書いたわけでもないのに著者名が表記されていない文書や本をあたかも自分の著作物であるかのように教えることと等しい。あくまでもハイパーリンクは「場所の指定」が重要な機能なのである。

３．ハイパーリンクの連鎖を辿ると、法的・道義的に非難される（可能性のある）情報にたどりつく可能性がある。この責任をリンク元に問うことはできるのか?

すでに見たようにハイパーリンクは、HTML文書からHTML文書へと無限に張ることができる。そうすると、直接のリンク先ではなく、間接的なリンク先に法的・道義的に非難される（可能性のある）文書があったとすると、ハイパーリンクを張った人間には何らかの倫理的・法的問題が生じるであろうか？

２年半ほど前に、日本ヒューレット・パッカードにイントラネットに関して取材したところ、情報システム担当者によると、同社では社員がリンク集を作成することを禁じていた。というのは、直接ゎリンク先に法的・道義的責任を問われる文書があった場合はもちろん、間接のリンク先にそうした文書があった場合、リンクを張った人間や同社に責任があるかどうか判断に苦しむので、それを防ぐという意図があるそうだ。

この事例は、間接のハイパーリンク先の情報についてリンク元の文書の作成者が責任をもつべきことを示唆しているように見える12。また、96年におきた広島のプロバイダが逮捕された事例では、間接のリンク先の情報について法的責任が問われる可能性さえも示唆しているかのように見える。

しかし、これは誤っている。第一に、間接的なハイパーリンクにたいして倫理的・法的非難を受ける可能性があるとすると、極限的にはインターネット上の情報すべてを倫理的非難や法的処罰の対象としなくてはいけないことになるかもしれない。というのは、ハイパーリンクはHTML文書同士いくらでも張ることができるからである。ハイパーリンクを直接張った先のHTML文書の内容を知っていたとしても、そのHTML文書の管理者がほかの管理者のHTML文書にハイパーリンクを張っていた場合、その内容を知らないと言うことは十分ありえる。あるHTML文書の作成者や管理者にたいして通知することなくハイパーリンクを張ってもそれだけでは倫理的問題は生じ得ないことをすでに確認した。

また、間接的なハイパーリンクの何段先までに責任をもたなくてはいけないと決めるとしても、どれくらい先まで責任をもつかを決めるのは非常に恣意的になるであろう。自分の管理しないHTML文書では、直接ハイパーリンクを張っていたとしても、その内容が更新されて気づかないことがよくあることをすでに確認している。新しいハイパーリンク先が増えることもあるだろう。そうなると、何段先と定めた場合、常にハイパーリンク先の文書がどのような内容・状態であるか確認しつづけることをHTML文書の管理者に課すことになる。しかし、これは明らかに不合理である。

そして、何よりもいままで検討してきたように、ハイパーリンクは口頭による「場所の指定」と同じ性格をもつので、ハイパーリンクした先にどのような情報があろうと、倫理的非難の対象となると考えることは不自然である。ましてや法的処罰を受けることはありえないと考える。

合理的に間接的なハイパーリンクをコントロールしようとするならば、日本ヒューレット・パッカードの事例のように、直接の管理が不可能なHTML文書以外へのハイパーリンクを禁じるしかない。一企業や個人・グループの方針としてこうした処置を取ることはありえるかもしれないが、インターネット全体にたいしてこうした規制を適用することはできないだろう。世界中に散在する多くのリソースを簡単に参照できることこそがインターネットの利点なのであるから。

結論

以上の議論で、われわれは次のことを明らかにした。

第一に、ハイパーリンクは場所の指定以外の何者でもなく、口頭で「どこそこに何がある」と伝えるのと変わりがない。そうすると、ハイパーリンクに倫理的問題があるとするなら、口頭で「どこそこに何がある」と伝えた場合とそれほど変わらないことになるだろう。

第二に、サーチエンジンの事例から明らかなように、場所の指定さえしなくてもハイパーリンクが自動的に生成されてしまう場合がある。この場合、ハイパーリンク先のHTML文書の内容を知っている者は誰もいない。そのハイパーリンク先の文書そのものがもはや存在しない場合さえある。誰かの責任を問うと言うことはできないだろう。将来的には、相手先のサーバーへの負荷が無視できるほどに一般のサーバー性能があがれば、サーチエンジンのように自動的にハイパーリンクを生成する個人向けのツール類が登場することも考えられる。

第三に、ハイパーリンクをあるHTML文書に張りたい場合、その管理者に許可を求める必要は必ずしもない。ハイパーリンクは場所の指定にしかすぎないので、ハイパーリンクを張る場合に許可が必要なら、口頭でURLを伝える場合も許可が必要になる。これはいかにも不合理である。また、口頭でURLを伝えることも規制するということは、閲覧者を規制しようとすることであって、適当なアクセス制限を設けないでハイパーリンクを無断で行うことを禁止するのは無理がある。

第四に、間接的なハイパーリンクの内容を確認する義務を課すような法や規制は不合理である。というのは、ハイパーリンク先の内容を常に確認することを文書の管理者に強いることになるし、ハイパーリンクによってインターネット上のリソースを簡単に渡り合えると言うインターネットの利点を否定することになるからだ。インターネットの十分な利用を阻害しかねない。

もちろん、ハイパーリンク先のHTML文書やリソースによって、閲覧者が不快に感じたり、何らかの被害を受けないよう配慮することは、推奨されるべきことだろう。また、未成年者の閲覧者を配慮することも推奨されるべきことだと考えられる。しかし、こうした配慮を怠ったとしても、すでに見たように、これはせいぜい倫理的非難の対象となるだけであって、法的処罰の対象となると考えるのは不合理な面がある。

そして、あくまでもハイパーリンクを張ることそのものには、口頭でなにか情報や物の所在を伝える以上の倫理的問題は含まれないし、間接的なハイパーリンクに関してまで何らかの義務を負わせようと言う法律・規則は不合理である。閲覧者に対する配慮を議論する場合にも、この認識が前提となるだろう。

付録：事例

ハイパーリンクを張ったことで法的責任を問われていることになった二つの事例――96年に関係者が逮捕されたいわゆるFLMASK裁判（岡山地裁および大阪地裁）と96年の広島県のプロバイダの役員が逮捕されたケースを紹介し、それぞれの事例でハイパーリンクを規制しようとすることが不合理であることを示す。

ここでの2つの事件に関する記述は、パソコン通信のニフティで朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞が提供する過去記事検索サービスで関連キーワードを検索し、その結果をもとにしている。

Ａ．FLMASK裁判

０．事件の概要

滋賀県の会社役員らが、国内から国外のHTTPサーバーに対してわいせつ画像にマスク処理を行ってアップロードしたところ、わいせつ図画公然陳列罪（刑法175条）の正犯で起訴された。一方、このマスクソフト（FLマスク）を作成した横浜市の会社員が、マスクの普及のためのホームページをもっており、その中のリンク集に正犯のホームページを掲げたことを捉えて、わいせつ図画の公然陳列を容易にしたとして、同幇助に問われる。その後、滋賀県の会社役員は、起訴事実を争わないまま有罪が確定した。横浜市の会社員は、現在裁判にて、リンクを張っただけで共謀の事実はなく、幇助に当たらないとして係争中である。

一方、岡山でも、同じFLマスクを利用してわいせつ画像にマスク処理をしてサーバーにアップロードした２名が、わいせつ図画公然陳列に問われた。こちらは、1997年12月15日に岡山地裁で有罪が確定している。

１．事件の経過

大阪ＦＬマスク事件の経過は、新聞報道によれば以下のとおりである。

97年2月28日
大阪地検、米国のサーバーからインターネットを通じて、女性の裸の画像を日本国内の会員に見せていたなどとして、滋賀県の会社役員（三〇）をわいせつ図画公然陳列の罪で大阪地裁に起訴。わいせつ画像は国内からサーバーに送信しており、国内で実行された犯罪と判断。（朝日新聞3/1/97）
97年3月11日
大阪府警はこの日までに、インターネット上の女性のヌード写真などから、モザイク（ぼかし）を消すソフトを作り、ホームページの開設者に協力していたとして、横浜市の会社員（三〇）を、わいせつ図画公然陳列ほう助の疑いで逮捕。調べでは、容疑者は、モザイクを消せるソフトを開発し、それを紹介・販売するホームページ「ＦＬＭＡＳＫサポート」を96年8月に開設。（朝日新聞3/11/97）。
97年5月1日
インターネット上でわいせつな画像を提供するホームページの開設者に、モザイク（ぼかし）を付けはずしできるソフトを提供してわいせつ画像の掲載に協力していたなどとして、大阪地検、横浜市の会社員（三一）をわいせつ図画公然陳列ほう助の罪で大阪地裁に起訴。起訴状によると、木内容疑者は、去年九月から今年二月にかけて、国内のサーバーに男女の裸の画像などを見せるホームページを開設していた滋賀県内の会社役員（三〇）＝わいせつ図画公然陳列の罪で公判中＝ら二人に対し、自分で開発したモザイクの付けはずしソフトを無償で提供。
そのうえで、同ソフトの販売用に開設したホームページに、会社役員らのホームページに接続するための情報を載せたり、モザイクをはずす方法を会社役員ら側のホームページに掲載させたとされる。（朝日新聞5/2/97）
97年8月21日
インターネット上でわいせつな画像を掲載するホームページの開設者に、「ぼかし」を付けはずしできるソフトを無償提供して協力したとして、わいせつ図画公然陳列ほう助の罪に問われた横浜市内の会社員（三一）に対する初公判が二十一日、大阪地裁（横田信之裁判長）で開かれる。被告は罪状認否を留保したが、弁護人が検察側に対し「起訴事実のわいせつ図画とは、何を示すのか」などと釈明を求め、こうした画像が刑法の規制対象になるかどうかについて全面的に争う姿勢を見せた。
起訴状によると、会社員は昨年九月から今年二月にかけて、国内のサーバー（情報を蓄積、発信するコンピューター）にわいせつな画像などを見せるホームページを開設していた滋賀県内の会社役員（三〇）＝わいせつ図画公然陳列罪で有罪確定＝ら二人に対し、自分が開発したぼかしの付けはずしソフト「エフ・エル・マスク」を無償で提供。そのうえで、このソフトの販売用に開設したホームページに、会社役員らのホームページに接続するための情報を載せたうえ、ぼかしを簡単にはずす方法を会社役員側のホームページに掲載させ、会社役員らの犯行を容易にしたとされる。（朝日新聞8/22/97）
97年11月6日
インターネット上にわいせつな画像を掲載するホームページの開設者に、自作の「ぼかし」を入れたり消したりできるソフトを無償提供したとして、わいせつ図画公然陳列ほう助罪に問われている横浜市内の会社員（三一）に対する公判が六日、大阪地裁（横田信之裁判長）で開かれた。罪状認否で会社員は「自分のホームページから相手のホームページに接続できる『リンク』を張っただけで犯罪のほう助にはあたらない」などと無罪を主張した。
会社員は、ぼかしを入れた画像を掲載したホームページにリンクを張って接続できるようにしたことは認めたが、「ぼかしを消す方法の掲載を相手に依頼したことはない」とほう助の意思もなかったことを強調した。（朝日新聞11/7/97）

参考：岡山FLマスク事件

97年6月4日
インターネットで不特定多数の利用者にモザイク処理されたわいせつな画像を有料で閲覧させたとして、岡山県警生活安全企画課と倉敷署、倉敷市の理髪業（三五）と都窪郡清音村の無職（二四）の両容疑者をわいせつ図画公然陳列の疑いで逮捕。
調べでは、二人は昨年十一月ごろ、インターネットのホームページを見本画像つきで開設。プロバイダー（接続業者）に約三百八十種類の画像を登録し、昨年十二月から今年四月までに接続した利用者約二百七十人にわいせつ画像を見せた疑い。利用者に三千―五千円を銀行口座に振り込ませていたという。（朝日新聞6/5/97）
97年6月24日
岡山地検、インターネットで不特定多数の利用者にモザイク処理したわいせつな画像を有料で閲覧させたとして、倉敷市の理髪業三五）と都窪郡清音村の無職（二四）の両容疑者をわいせつ図画公然陳列の疑いで岡山地裁に起訴。
起訴状などによると、二人は昨年十二月ごろ、インターネットのホームページを開設し、今年四月ごろまでに岡山や東京のプロバイダー（接続業者）に約三百四十枚のわいせつな写真映像を登録し、不特定多数の利用者が接続できるようにしたとされる。映像は一部分に見えないようにモザイク処理されていたが、二人は市場に出回っている画像処理ソフトを使えば見えるようになることを、ホームページで紹介していたという。（朝日新聞6/25/97）
97年10月１日
モザイク処理したわいせつな画像をインターネットで閲覧させたとして、わいせつ図画公然陳列の罪に問われた、都窪郡清音村の無職（二五）と、倉敷市の理髪業（三五）の両被告に対する論告求刑公判が一日、岡山地裁（山森茂生裁判官）であった。検察側は「市販のソフトを使えばモザイクを取り外せ、わいせつ性は明らかだ」などとして、無職の被告に懲役一年六月、理髪業の被告に懲役一年を求刑した。
弁護側は「モザイク処理された画像データにわいせつ性はない。モザイクをはずすソフトと併せて提供したわけでもない」として無罪を主張した。
起訴状などによると、両被告は昨年十二月ごろ、インターネットのホームページを開設。今年四月ごろまでの間に、東京などのプロバイダー（接続業者）に約三百四十枚のわいせつな写真映像を登録し、不特定多数の利用者が接続出来るようにしたとされる。画像処理ソフトでモザイクをはずせることも紹介していたという。（朝日新聞10/2/97）
97年12月15日
簡単な操作で外すことができる「ぼかし」を入れたわいせつ画像を、インターネットを通じて有料で閲覧させたとして、わいせつ図画公然陳列の罪に問われた岡山県内の男性二人に対する判決公判が、岡山地裁であった。山森茂生裁判官は「画像を見る者がぼかしを容易に取り外せる場合は、ぼかしのない画像と同じ」と述べ、二人に執行猶予の付いた有罪判決を言い渡した。インターネットに流れるぼかし処理をした画像にわいせつ性があるかどうかが本格的に争われた初のケースで、判決は摘発の適法性を追認する形となった。判決は、岡山県倉敷市の理髪業（三五）が懲役一年執行猶予三年（求刑懲役一年）、同県都窪郡清音村の無職（二五）が懲役一年六月執行猶予三年（求刑懲役一年六月）。（朝日新聞12/15/97）

＜判決の骨子＞

《事実》都窪郡の男性（二五）と倉敷市の男性（三五）は1996年12月から今年4月ごろまでに、モザイクの付けはずしが出来る画像処理ソフトを使って、モザイクを付けたわいせつな画像のデータ285枚分を、東京のプロバイダーに記録。都窪郡の男性は今年1月から4月までの間に、同じような方法で��飢枚のわいせつな画像を記録し、不特定多数の利用者に閲覧させた。
《判断》被告らが送信した画像にはマスクが付けられ、そのままではわいせつな部分は見えないが、この画像を見る者がマスクを容易に取り外せる場合には、マスクが付いていない画像と同一視してよい。このソフトはインターネットでアダルトページにアクセスする者の間には広く普及しており、マスク処理された画像はマスクをはずして見ることが常識となっている。情報通信機器が飛躍的に進歩した現在、わいせつ画像を有体物に限定すべき根拠はない。（朝日新聞12/16/97）

97年12月14日
モザイク処理をしたわいせつ画像をインターネット上で流したとして、わいせつ図画公然陳列罪に問われ、岡山地裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた、都窪郡の無職の男性（二五）と倉敷市内の理髪業の男性（三五）はこの日までに、控訴しないことを決める。
倉敷市内の男性の弁護をした河田英正弁護士は控訴しない理由を「被告と家族の意思を尊重した」と説明。判決については「刑法一七五条でいう図画は有体物であるのに、画像データをわいせつとしたのは、被告人も不当性を強く主張している。インターネットの役割を否定しかねない」と批判。（朝日新聞12/14/97）

２．考察

この判決は不合理なものであると考えられる。

１．他者危害原則から考えれば、密室で成年者が「わいせつ画像」を１人で観賞する行為に問題があるとは思えない。

２．上記で指摘したように、リンクを張るということが、どのような行為であって、どのような責任をもたらすかが現在十分明確にされていない。

２．に関して、倫理的解明を進めることが、われわれの課題である。法律的問題として、

１．わいせつデータがわいせつ図画に当たるか

２．マスキングしたわいせつ画像が、リンクによって顕在的なわいせつ性を有すようになるか

という問題がある（下記牧野二郎氏ホームページ参照）。２．に関しては、岡山地裁と大阪地裁の検察官の主張が食い違っており（下記園田寿氏の見解参照）、この点も法律的には問題である。

また、正犯の事件のうち、滋賀県の会社役員に関しては、起訴事実を争うことなく有罪が確定している。これは、上記の法律的問題をないざりにしたままの有罪確定で、インターネットへの法律適用や倫理的意味あいを検討するというわれわれの目的から考えると、問題が残る。

われわれの関心があるリンクの法的問題については、大阪ＦＬマスク裁判の弁護側冒頭陳述書（平成10年１月19日付け）では、以下のように論じている。

被告人の行った行為は、リンク許可願いを行い、許可に応じて、リンクを行った、と言うものである。こうして、リンクを行うこと、すなわちみずからのホームページ上に、情報の在処のホームページアドレスを「貼り付ける」事で、紹介したホームページの内容に関する責任を問われるとするには、詳細な法的検討を要する。その詳細は後に検討する。

ただ、リンク許可のメールを出さないでした「無断リンク＠は、いったいどのように評価されるのであろうか。当該ページに対する無断リンクは、批判の意味もあり、必ずしも賛成であるとは限らない。しかし、リンクできることには変わらない。そうであれば、当該ページを批判するためのリンクも、幇助とされるという運命にある。これでは表現の自由を大きく制限することになる。この点もしっかりと検討されなければならない。

更に、検察官の主張によれば、検索エンジンと言われるホームページの検索システム自体が、検索結果としてホームページアドレスを検索、抽出、表示する行為（当然ハイパーリンクされている）自体も犯罪とすることになる。

さらに、幇助の幇助もまた幇助であるという刑法理論に従えば、リンクページにリンクしたページも、リンクしていることにかわらないため、国の機関もまた犯罪者となる。リンクしているという意味では、たどることで首相官邸のホームページにたどり着くことをどのように解するのであろうか。ここにまで、犯罪性を認めることになるが、そうした結論があまりに異常であることは明らかである。

○参考資料：

ＦＬマスク事件担当弁護士による被疑者逮捕後の経過報告と見解
大阪ワイセツリンク事件（http://www.asahi-net.or.jp/~VR5J-MKN/00index.htm）
刑法学者の園田寿氏の岡山地裁判決に関する見解
「岡山FLMASK事件」判決要旨とその問題点
（http://w3.scan.or.jp/sonoda/text/okayamafl.html）。

○参考：

刑法学者の園田寿氏の岡山地裁判決に関する見解
（http://w3.scan.or.jp/sonoda/text/okayamafl.html）。

園田氏の見解は、次の２点にまとめられる。

第一に、岡山地裁と大阪地裁の裁判中の検察のマスク画像に関する主張が異なる。

岡山地裁の検察官は、「ＦＬＭＡＳＫは現在インターネットで広く流通しているため、これとリンクを張らなくても、マスク画像それ自体にわいせつ性が認められる」と主張する。しかし、大阪地裁の検察官は、「マスク画像そのものはわいせつ図画ではない。ＦＬＭＡＳＫのホームページとリンクを張ったことによって、わいせつ性が認められる」と主張している。

検察官の判断が異なることで二重基準の問題が生じる。しかし、園田氏は、この二重基準の問題については明示的には問題にしていない。

園田氏が指摘するのは、岡山地裁がマスクした画像をわいせつ画像であると判断した根拠に事実誤認があるということである。マスクは、岡山地裁が判断するように、「その場で、直ちに、容易に取り外せる」わけではないと指摘している。

第二に、わいせつなデータはわいせつな図画であるか。大阪地裁の判決によって、無体物のデータにわいせつの範囲が広がったことで、「処罰範囲が無制約に広がる可能性が出てきた」と園田氏は指摘する。

Ｂ．広島プロバイダ事件

０．事件の概要

96年6月30日、広島県にあるプロバイダの幹部３人が広島県警本部と広島東署に摘発、書類送検される。このプロバイダが自社ホームページで公開していた「アクセスランキングベスト50」というコーナーで、ランキング内にあったある会員ホームページが別のわいせつ画像のある会員ホームページにリンクされていた。このハイパーリンクを理由に、プロバイダ幹部は書類送検され、情状酌量で起訴猶予とされる。

１．事件の経過

96年9月30日
インターネット上の自社のホームページを通し、わいせつな画像を流したとして、広島県警生活安全企画課と広島東署は九月三十日、広島市内のインターネット接続会社の幹部三人を、わいせつ文書頒布罪（わいせつ図画公然陳列）の疑いで広島地検に書類送検した。同県警によると、プロバイダーと呼ばれる接続会社の関係者が同容疑で摘発されたのは初めてという。
書類送検されたのは、インターネット接続会社の事業本部長（五一）、代表取締役専務（三九）、取締役営業部長（四五）の三人。調べによると三人は、七月初旬から八月二日まで、同社で作成しているホームページ「アクセスランキングBest 50」で、男女の性行為などが含まれる画像を、不特定多数の会員が利用できるようにしていた疑い。三人は容疑を認めているという。（朝日新聞10/1/98）
その後、情状酌量で起訴猶予とされる。この間の経過説明を97年1月29日付朝日新聞より引用する。
・・・この場合、どんな責任が問われたのか。県警は「ホームページは業者自身が開設しており、そのホームページからわいせつ物が見られる状態にあるのを放置していた」と判断して三人を書類送検した。
この三人とは別に、会員一人がやはり「わいせつ物公然陳列」容疑で書類送検されていた。五十のホームページのうちの一つを開設していた会員で、この会員のホームページにも「わいせつ」画像があったわけではない。やはり、別のホームページにリンクしており、そこに「わいせつ」とされる画像があった。それは、アメリカで発信されているホームページだった。
いずれのケースも、リンクというインターネット独特の機能でつながる何段階か先にいる人物が「わいせつ」とされた画像を掲載していた。広島地検は先月、いずれの容疑も不起訴（起訴猶予）とした。
その理由について小川修次席検事は「わいせつ画像を流しており、違法行為はあったといえるが、悪質とまではいえない」としか話さない。（朝日新聞1/29/97）

２．考察

この事件では、警察および検察では、リンクが何段階をたどっても法的・道義的責任があるとする解釈を示している。しかし、これを拡大するならば、「FLマスク裁判」の弁護人弁論で牧野二郎氏が指摘しているように、どのようなページも道義的・法的に責任を問われないものはなくなりかねない。また、すでにわれわれが検討したように、間接的なハイパーリンクに法的・道義的責任があると考えることは、不合理な結果を生みかねない。

※ 以上の報告は、「情報倫理の構築＠�ロジェクト第２回情報倫理研究会での発表（11/6/98）をもとにしてまとめた。当日、発表に対してコメントをいただいた方々に感謝したい。

(東京大学大学院)

1 「ファイルを管理する」ということで、ここで意味しているのはファイルの移動や消去、内容の変更・削除をする権限をもつということである。しかし、誰がインターネットで公開するHTML文書を管理する権利をもつかは別の検討が必要となるだろう。

2 リソースのURLが変更されても、それを追いかけるしくみも存在する。たとえば、PURLなどのしくみが考えられているが、より詳しくはhttp://www.st.rim.or.jp/~kanada/WWW/integrity.htmlを参照。また、逆にホームページのURL変更が頻繁に行われることを利用し、訪問者に対して笑いを提供する一種のエンターテイメント（http://plaza14.mbn.or.jp/~lithium/tmj.htm）もネット上にある。

3 日本の代表的なサーチエンジンでは、千里眼（http://senrigan.ascii.co.jp/）が「trace link」機能として、Infoseek（http://www.infoseek.co.jp）が「リンクのURL検索」として、「リンク逆探知機能」を提供している。

4 ここで紹介した操作は、Netscape Communicator付属のHTMLエディタ「Composer」によるハイパーリンク作成機能である。

5 たとえば、Microsoft Wordの場合、デフォルト（出荷時の設定）でURLと思しき文字列をハイパーリンクとして表示する設定になっている。これは、同ソフトを起動し、メニュー画面からツール→オートコレクト→入力オートフォーマットと辿ると確認ができる。

6 検索者が知らずに不愉快な情報に遭遇するのを避けようという意図で、米国ではサーチエンジンの事業者が、情報のレーティングを行い、検索結果にフィルタリングを行おうという試みがある。たとえば、Ｄigital Equippment Corporation（現在、Compaq）は、同社の検索サービスAlta Vistaに関してNet Shepherd社と提携を行い、AV Family Filterという家庭向けサービスを提供している。これは、「AltaVistaを使用してインターネットを検索する際不愉快となりうる情報を閲覧する機会を減らす」ものであると説明されている（http://jump.altavista.com/cgi-bin/FFを参照。この提携についてのニュース・リリースはhttp://www.netshepherd.com/Media/98jan21.htm）。

子ども向けの情報サービスや不愉快となりうる情報を避ける試みは、意図に関しては反対はない。しかし、それがどこまで可能かという技術的問題に加え、いくつか気にかかる点を指摘しておきたい。第一に、横並びでまったく同一の規準で情報に制限を加えるのは、子どもの保護者が自分の子どもにどゎようなサービスを使わせるか選択の余地がない点で評価できない。また、どのような情報をどのような規準で取り除いたかを示すなどの情報開示も保護者の選択のうえでは重要だろう。

また、子ども向けサービスだけでなく、この規制が拡大されると、インターネット上の情報へのアクセスを実質的に制限することにもなりかねない。情報検索サービスがまったく横並びの規準で情報規制を行った場合、実質的にその情報にたどり着ける人間がほぼいなくなるのは、かなり異常な事態である。ここでは詳細に論じる余裕がないが、情報や知識にアクセスを許さない場合は、そのアクセスを禁じる者には適切な理由を示す義務が生じると筆者は信じる。

ここでは、インターネット上のフィルタリング技術としてW3Cで検討されている「PICS」も含め、情報のフィルタリング技術がどのような条件を満たすべきかを述べた文書としてELECTRONIC FRONTIER FOUNDATION（EFF）による"POLICY ON PUBLIC INTEREST PRINCIPLES FOR ONLINE FILTRATION, RATINGS AND LABELLING SYSTEMS"（http://www.eff.org/pub/Censorship/Ratings_filters_labelling/eff_filter.principles）が存在することを指摘するにとどめる。なお、これはドラフトであり、EFFの最終的立場や見解を示すものではない。

7「情報倫理の構築」プロジェクト第２回情報倫理研究会での筆者の発表に際して、水谷雅彦氏と江口聡氏は、ハイパーリンクとその他のURLを通知する手段とが本質的に同じ機能であると考えてよいというコメントをいただいた。お二人のコメントをもとに、当日の発表から考察を進めたのが本稿である。

8 このように、本の場所指定とハイパーリンクを同一視する議論としては、すでに水谷雅彦「情報倫理とは何か」『環境技術』Vol.25、 No.7(1996)pp.412-415がある。ここでは、日本国内のホームページから日本の現行刑法に抵触する恐れがある米国内の画像にリンクが張られていた例について、「極端な話をすれば、それは、日本の雑誌に『ニューヨークの何丁目にあるA書店の右から３番目の書架の上から２弾目の棚にものすごいポルノが置いてあるよ』と掲載されるのとどこが違うのかという議論さえ成り立つ」とコメントを加えている。

9 罪刑法定主義の立場から、有体物を対象とする現行の刑法175条の規定は、インターネット上の情報には適用できないとする議論は多い。たとえば、多くのインターネットに関する裁判を手がける弁護士の牧野二郎氏のホームページで公開されている大阪FLマスク裁判の弁護側冒頭陳述（http://www.asahi-net.or.jp/~VR5J-MKN/j03b.htm）や園田寿「サイバーポルノと刑法」（http://w3.scan.or.jp/sonoda/text/hosemi.html）などで、こうした立場からインターネット上の猥褻情報の取締りを現行刑法で行うことの無理が説かれている。

10 藤原宏高編『サイバースペースと法規制』日本経済新聞社　1997年　pp.106-108。同書のインターネット利用規制を推進すべきという立場には筆者としては疑問が残るが、多くのインターネット上の法的事例を掲載しているので便利である。�た、同書がこの事例ではハイパーリンクの規制は不合理としている点も注目してよいかも知れない。

11 同書　pp.106-107。

12 また、同様の事例として「福岡県青少年健全育成条例」をもとに福岡県民はアクセスして欲しくないというWWWページもあげられるかもしれない。
　同条例では、「インターネットのホームページ、パソコン通信のメッセージその他の電気通信回線設備」によって提供される通信番組の内容の全部または一部が、「一　青少年の性的感情を刺激し、その健全な育成を阻害するおそれがあるもの／　二　青少年の残虐性を助長し、又は青少年の非行を誘発し、若しくは助長し、その健全な育成を阻害するおそれがあるもの」（第十条２項）でと認められるとき、「その内容の全部又は一部を青少年に見せ、聞かせ、又は読ませないように努めなければならない」とされる（第十一条２項）。
　しかし、インターネットでは、第十一条２項に該当する心配のないページでも、ハイパーリンクを辿れば上記のような内容のWWWページにたどり着く恐れがある。そのため、福岡県民のアクセスを断るとするホームページがある。
　たとえば、「日本Linuxユーザー会」のWWWページでは、「福岡県内からアクセスされる方へ」というページを設けて、リンク先に第十条２項で説明される内容が存在する場合、責任を問われることは不合理であることを説明している（http://www.linux.or.jp/general/fukuoka.html）。
　なお、「福岡県青少年健全育成条例」については、http://www.pref.fukuoka.jp/info/c0520103.htmを参照。

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Last modified: Wed Jan 12 17:00:14 JST 2000

ハイパーリンクの倫理学

１． ハイパーリンクとはどのようなものか

Ａ．WWWとHTMLのしくみ

１．文書構造記述言語であると同時に、レイアウトを記述する言語でもある。

２．インターネット上のリソースへのハイパーリンク

３．インターネット上のリソースをインライン表示

Ｂ．WWWにおけるハイパーリンクの働き

1.ハイパーリンクの基本的なしくみと働き

2．ハイパーリンクの連鎖

3.意図せざるハイパーリンク

4.ハイパーリンクは場所の指定以外の何者でもない

URLを教えることと本の場所を教えることは比喩となりえるか

ハイパーリンクをめぐる倫理的問題

１．参照先のリソースによって閲覧者や第三者が不利益を受けた場合、ハイパーリンクを作成した者には責任があるか？

２． 無断リンクを禁じることはできるのか?

３． ハイパーリンクの連鎖を辿ると、法的・道義的に非難される（可能性のある）情報にたどりつく可能性がある。この責任をリンク元に問うことはできるのか?

結論

付録：事例

Ａ．FLMASK裁判

０．事件の概要

１．事件の経過

参考：岡山FLマスク事件

＜判決の骨子＞

２．考察

Ｂ．広島プロバイダ事件

０．事件の概要

１．事件の経過

２．考察

１．ハイパーリンクとはどのようなものか

２．無断リンクを禁じることはできるのか?

３．ハイパーリンクの連鎖を辿ると、法的・道義的に非難される（可能性のある）情報にたどりつく可能性がある。この責任をリンク元に問うことはできるのか?