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特集:コンピュータ倫理学の将来
第四回:T. バイナム「コンピュータ倫理学:その誕生と将来」

鶴田尚美

出典: Terrell Ward Bynum, 'Computer Ethics: Its birth and its future', in Ethics and Inform ation Technology, vol. 3, no. 2, 2001, pp.109-112.

キーワード: 応用倫理学(applied ethics)、コンピュータ倫理学(computer ethics)、サイバネティクス(cybernetics)、グローバル倫理学(global ethics)、情報倫理学(information ethics)、専門家の責任(professional responsibility)

バイナムのこの論文は、コンピュータ倫理学史上の歴史的出来事を概観したのち、コンピュータ倫理学の今後を論じる。登場する人々は、1940年代から1950年代初期にかけてコンピュータ倫理学の基礎を築いたウィナー、1970年代の先駆者パーカー、ワイゼンバウム、マナーらである。さらに、コンピュータ倫理が「グローバル倫理学」へと発展するだろうというゴルニャックの仮説と、正反対にコンピュータ倫理学がいつか消滅するかもしれないというジョンソンの見解について触れる。

歴史的出来事

学問的研究の一領域としてのコンピュータ倫理学は、第二次世界大戦中にMIT教授ノバート・ウィナーが創りだした。戦闘機を撃墜する高射砲の開発から、彼は同僚らと新たな科学の領域ムム情報フィードバックシステムの科学ムムすなわちサイバネティクスを創りだした。ウィナーはサイバネティクスの概念とデジタルコンピュータ使用という考えとを結び付け、現在のコンピュータ倫理学で生じる問題の多くを予見した。1948年の著書『サイバネティクス』で、ウィナーは「公衆が原爆について認識する以前から私が気づいていたのは、前例のない善悪の重要性にわれわれが直面したことである」と述べる。ウィナーは『人間機械論』(1950年)で、コンピュータ倫理学という言葉は用いていないものの、コンピュータ倫理学の研究・分析の包括的な土台を据えた。この本には、次のような例が含まれている。

  1. 人間の生の目的(the purpose of a human life)についての説明
  2. 正義の四原理
  3. 応用倫理学の説得力ある方法
  4. コンピュータ倫理学の基礎的な問いに関する議論
  5. コンピュータ倫理学の主要なトピックの例

彼の築いた土台は時代に先んじていたため、他の研究者たちに何十年も黙殺されていた。ウィナーによれば、コンピュータ技術を社会に統合するには、第二次産業革命ムム完成までに何十年もかかる多面的なプロセスムムに注目する必要がある。この非常に広範な仕事には、多様な課題と挑戦が含まれている。例えば、ラディカルに変化した労働環境への労働者の適応、政府による新たな法の制定、産業や商取引の新たな方針作り、専門家組織の新たな綱領作り、さらに社会学者や心理学者による新たな現象の分析、哲学者たちによる社会・倫理的概念の見直しなどが必要となる。

1960年代、コンピュータ科学者パーカーは、コンピュータの専門家によるコンピュータの非倫理的、非合法な使用を検討し始めた。彼は「人々がコンピュータ・センターに足を踏み入れた時、倫理をドアのところに置いてきたように思われる」と述べ、コンピュータを用いた犯罪とコンピュータ化された非倫理的な活動の事例を集めた。1968年にパーカーは『情報処理における倫理原理』を出版し、最初の専門家綱領(1973年にアメリカ計算機学会[ACM]で採択された)の進展に貢献した。その後の20年に渡り、多くの著書、論文、講演、ワークショップなどを行って、パーカーはコンピュータ倫理学を再開した。彼は理論的枠組みを作りはしなかったが、コンピュータ倫理学史上、彼の仕事はウィナー以後に注目されるべき大きな出来事であった。

1960年後半、ワイゼンバウムは「ELIZA」と名づけられたコンピュータ・プログラムを作った。彼はELIZAを「患者に指示を与えずただインタビューするだけのロジャース派心理療法の単純な模倣」として被験者に会話させる実験を行った。だが、ワイゼンバウムは被験者の反応に驚いた。このプログラムの内容を知っていたMITの研究者たちは、それにもかかわらずELIZAに対して感情的な反応を示した。ワイゼンバウムは、「情報処理モデル」が、人間を単なる機械としてみる傾向を助長することを懸念し、著書『コンピュータの力と人間の理性』を執筆した。この本に多くの人々が触発された。

1970年代半ば、大学で医療倫理学を教えていたマナーは、医療倫理の事例にコンピュータが関わった時、新たな倫理的特徴が生じることに気づいた。そして、マナーはコンピュータ倫理学という言葉を「情報技術によって生み出され、変化し、悪化する倫理的諸問題」を指すのに用い始めた。彼はウィナーの仕事を知らなかったが、医療倫理学やビジネス倫理学と同じような応用倫理学の分野を予見した。マナーは勤務先の大学でコンピュータ倫理学の授業を始めた。そして、情報倫理学の授業が必要な理由と授業の目的を大学便覧に載せるよう提案した。講演やワークショップで彼は、プライバシー、秘密(confidentiality)、コンピュータ犯罪、コンピュータを用いた意思決定、技術的な依存、専門家のための倫理綱領などに関する問いを際立たせた。こういった先駆的努力によって、アメリカ国内の大学でコンピュータ倫理学の研究に拍車がかかった。

1970年代後半、パーカー、ワイゼンバウム、マナーは、アメリカの多くの研究者たちのコンピュータ倫理学に対する意識を高めさせた。さらに、コンピュータを用いた犯罪や、コンピュータのデータベースを媒介にしたプライバシー侵害、ソフトウェアの所有権に関する訴訟などがアメリカやヨーロッパで社会問題となり始め、コンピュータ倫理学成長の時期であった。

1979年、ワイゼンバウムに答えて、ムーアが論文「コンピュータが決してなすべきでない意思決定はあるか?」を発表した。1985年に、ムーアは論文「コンピュータ倫理学とは何か」(児玉聡訳、『FINE資料集II』、2000、pp.1-12)を発表、ジョンソンはテキストブック『コンピュータ倫理学』を出版し、1987年には南コネチカット州立大に最初のコンピュータ倫理学センターが創設された。

1990年代には、さらにコンピュータ倫理学は発展し、大学の新しい課程、研究センター、会議、雑誌などが登場した。それに伴って、多くの研究者たちが現われ、またCPSP(Computer Professionals for Social Responsibility)、EFF(Electronic Frontier Foundation)、ACM-SIGCASなど、コンピュータと専門家の責任に関するプロジェクトに携わる組織も作られた。 1995年にはイギリスのモントフォート大学でETHICOMP会議が、1997年にはオランダのエラスムス大学でCEPE会議が開催された。1999年には本誌Ethics and Information Technologyが創刊され、2000年夏にはダートマス大学で開催されたCEPE2000にて、国際コンピュータ倫理学会が創られた。

コンピュータ倫理学の将来

この20年間の隆盛を考えると、コンピュータ倫理学には確固とした重要な特徴があるように見える。しかし近年、ゴルニャク-コチコウスカとジョンソンは、いずれコンピュータ倫理学は応用倫理学の一部門として消滅するだろうと論じている。

ゴルニャクの仮説

1996年、ゴルニャク-コチコウスカは、論文「コンピュータ革命とグローバル倫理の問題」の中で、コンピュータ倫理学はやがてグローバル倫理学に進化するだろうと予言した。彼女の仮説によれば、ヨーロッパにおけるベンサム、カントらの倫理学体系、アフリカやアジアなど他の文化圏の倫理システムのような「ローカル」な倫理学理論は、やがて現在のコンピュータ倫理学によって発展したグローバル倫理学にとってかわるだろう。そのとき、「コンピュータ」倫理学は、情報化時代の「普通の」倫理学になるだろう。

ジョンソンの仮説

1999年のETHICOMPの基調演説で、ジョンソンは一見してゴルニャクと同じような見解を表明した。ジョンソンの仮説はゴルニャックの仮説と一致しないわけではない。しかし、大きく異なる点がある。彼女の仮説で問われているのは、「コンピュータ倫理学(あるいは情報倫理学)」という名称が、情報技術に関係する倫理的問題を指すのに用いられ続けるかどうかという点である。ジョンソンの見解では、情報技術は非常にありふれたものになり、つまり日常生活の環境に溶け込んでしまい、われわれはもはや情報技術の存在に気づかなくなるだろうというものである。したがって、情報技術の使用から生じる倫理的問題を指すのに、もはや「コンピュータ倫理学」という言葉は必要なくなるだろう。コンピュータ技術は、生活の基礎的な構造となり、やがてコンピュータ倫理学は通常の倫理学となるだろう。

ゴルニャクの仮説とジョンソンの仮説は共に、こんにち「コンピュータ倫理学」と呼ばれるものが、将来は世界的に重要になり日常生活に不可欠となると考えている。だが、彼女らの仮説に従えば、将来「コンピュータ倫理学」あるいは「情報倫理学」という名前はもはや用いられないだろう。


(つるたなおみ 京都大学大学院文学研究科)
この記事終わり