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特集「地域医療」(『医療とコンピュータ』)

奥田 太郎

本報告では、『医療とコンピュータ』2001年7月号(vol. 12, no. 7)の特集「地域医療」に掲載された記事を紹介し、それに基づいて地域医療に関する若干の考察を行う。この特集で採り上げられているのは、「プライマリケアや在宅医療を支える第一線の医療機関や医師会での情報システム」、および、「保健・福祉との連携に関連する情報システム」である。しかし、なぜ、今、地域医療なのか。特集の巻頭言において大櫛陽一氏は、地域医療の実用化という最近の潮流の主要な背景として、(1)医療の細分化および入院期間の短縮に伴って生じた複数の医療機関による連携の必要、医療と保険福祉・介護との分担や協調の制度化、といった医療システムの変化、(2)情報機器やネットワークの急激な普及、(3)お任せ医療から透明性の高い医療への患者意識の変化、の3点を提示している。

特集記事の構成

この特集は、計5本の論文から成り、うち4本の中ではそれぞれ、広島県における僻地医療の情報基盤、神奈川県の足柄上医師会イントラネット、同県伊勢原市の新健康カードシステム、福島県郡山市の地域医療連携室が紹介され、残り1本では、次世代の地域医療のあり方に関する提案がなされている。各論文ともに、図表を織り交ぜながら、それぞれの地域における取り組みの現状と課題を大筋で報告している。各論文から共通要素を抽出することもできるが、地域によって取り組みの経緯や進度が異なりもするので、本報告では各論文毎の簡単な紹介を順次行うことにする。なお、紹介する順序は、紹介者によって並べ直されたものであり、雑誌中の掲載順とは一致しないので注意されたい。

論文その1「伊勢原市新健康カードシステム」

論文タイトルでのっけから「新」と言われても、事情を知らない者には何のことやら、と反応せざるを得ないだろう。この「新健康カードシステム」の新しさを理解するためには、まず「旧」健康カードシステムについて知らなければなるまい。そもそも神奈川県伊勢原市では、1991年より「すこやかカード」なる光カードを60歳以上の住民(3000人)に配布し、健康カードシステムの導入を図っている。このカードは、市役所に申請すると発行され、本人が所有することになる。カードの中には、氏名や住所などの個人基本情報を始め、血液型やアレルギーなどの救急情報、健診結果のデータ、福祉サービスの履歴、X線写真などの画像医療情報、投薬内容やコメントなどのフリーテキスト等が記録可能であった(カード容量は4MB)。これらの情報は、市役所、医療機関、老人ホーム、薬局などに設置された端末(市内に約30台)を介して閲覧できたらしい。このシステムの導入によって、カード所持者の方が非所持者に比べて受診率、健診結果ともに良好であるという統計的な成果がもたらされた。しかしながら、光カード端末機メーカーの撤退などによる端末不足、自宅での利用ができないことなど、短所も明らかであった。

そこで、新健康カードシステムが登場する。まず、端末不足や自宅での利用問題は、フロッピーディスク、MO、メモリカードなどのあらゆるメディアに対応可能な形をとることで解決されている。さらに、別口で伊勢原市が構築していた健診結果に関するデータベース(1987年度分からの全件、約8万件)と連関させることで、よりダイナミックな情報の更新が可能になったようである。出力システムにかけて日付の照合を行い、それによって最新の基本健康診査結果データを入手することができるようだ。また、データのみならず、プログラムもメディアに記録されるため、自宅で記録した自分の健康状態をグラフなどのわかりやすい表示にして見ることもできるらしい(ただし、現段階では自宅でのデータ入力のためにスプレッドシートソフトやエディタを使用しなければならない)。この新システムは、今秋より本格的に導入される模様である。

コメント:この論文では、新健康カードシステムの紹介に紙幅の多くが割かれており、その問題点の言及にまでは及んでいない。例えば、出力システムへのアクセス方法は一体どのようなものが考えられているのかが明らかでない。また、インターネットなどオンライン技術とのつながりはどの程度構想の中に入れられているのかも不明である。その他、下記に記した関連サイトにも若干参考になる記述が見られるので参照されたい。

関連サイト

論文その2「医師会イントラネットによる地域医療のシステム化」

神奈川県西部1市5町人口約11万人の地域をカバーする足柄上医師会は、平成9年3月にホームページを立ち上げ、医師会員専用ページによる患者情報の共有化を試みたが、学会や医師会での意見交換を通じて「インターネット上に患者情報を置く危険性」を指摘され、その試みを断念したそうである。その代替手段として、医師会イントラネット構築に着手し、平成13年1月より稼働し始めたようだ。医師会内にサーバを設置し、会員は電話回線によってアクセスする。その内容は、(1)日程表、(2)医師会資料検索、(3)感染症情報、(4)医療機関名簿、(5)共診患者情報(在宅医療患者情報)、(6)患者紹介、(7)掲示板から構成されている。

内容の(5)に関して若干言及しておく必要があろう。この論文によると、患者情報は医療機関毎に登録し、患者の住所、氏名、年齢、病名、経過、現在の状態、装着医療器具、治療、処置、投与薬剤などが記載され、主治医の指定した医師だけが開けるようになっているようである。現段階ではイントラネットと電子カルテとの連動は行われていないと述べられているが、実質的にはそれに相当する内容を持っていると思われる。

コメント:この論文の結びでも指摘されていることだが、コンピュータによるシステムが出来上がっても、それに対応する人的システムができていなければ効果的な運用は期待できないだろう。そこで、「地域医療連携室」や「グループ診療の促進」が求められることとなる。これに関する報告は次に紹介する論文の中で行われているので、そちらを参照していただきたい。

関連サイト

論文その3「郡山市における地域医療連携室の活動」

2000年10月現在33万人余の人口を抱える郡山市では、80年代半ば以降、各種保健事業(例えば、乳幼児健康診査や予防接種など)を進める上での制度管理のために、受託医療機関医師による研修会が開催されたり、心電図やレントゲンフィルムの読影会が専門医と検診受託医療機関医師との合同チームで行われたりしてきた。こうした活動を通じて、病院の専門医と開業医との連携は自然にはぐくまれていったらしい。そうした経過の中、「病診連携推進事業」に関連して、在宅医療における病診連携や診診連携が進められ、開放型病院に地域医療連携室が設置されるに至った。開放型病院では、登録された開業医と病院の主治医とが共同で診療を行うことになる。その共同作業の環境作りを担うべく設置されたのが、地域医療連携室である。その主な仕事は、(1)開業医からの紹介(逆紹介を含む)に基づく診療に関する連絡・調整[一般診療/救急医療/在宅医療]、(2)高額医療機器の共同利用等に関する連絡・調整、(3)研修、症例検討会等の開催、(4)保健所等関係機関との連絡、である。

地域医療連携室は、もともとは病診連携を進めるものであったが、やがて病病連携についても重要な役割を果たすものとなり、各病院に設置されている地域医療連携室の間で運用方法などについての情報交換が行われるようになった。厚生省の補助事業によって大量のコンピュータが開放型病院と関連医療機関に導入されたことも重なって、情報のデジタル化が急速に求められ進められることになったようである。実際、24時間連携型地域医療を利用する在宅療養者は、日常診療においても、病状急変時においても、これまでの経過や近々の病状について、24時間連携している医師や入院先の医療機関に速やかに情報が伝わっていなければ困ってしまう。こうしたことからも、医療機関の情報のデジタル化、電子カルテの導入が求められているようである。この論文の著者の病院では、すでに電子カルテへの移行がかなり進んでおり、院内LANシステムの構築も終えた様子である。ちなみに、この論文中で挙げられる医療情報の電子化の課題は、(1)データ様式やコード体系等技術的な課題、(2)情報セキュリティの問題、(3)各医療機関における院内の情報システムと院外のネットワークとの関係、である。

また、介護保険制度の各種サービス提供についても、利用者の希望にそったケアプランを立てたり、それを評価したりする際に、情報のデジタル化に基づく地域医療連携室が効果的に機能する、ということが示唆されてもいる。

コメント:紹介では適当に割愛したが、全体的に情報のデジタル化の方に報告の重心が傾きすぎており、前節コメントにおいて指摘しておいた、地域医療連携室の人的システムとしての側面があまり述べられていないように思える(雑誌の性質上、やむをえないとはいえ)。とはいえ、この論文は、医師の間の研修会や読影会などの取り組みが、病診連携、診診連携、病病連携につながってゆくという重要な示唆を与えていると言えよう。

関連サイト

論文その4「広島県におけるへき地医療の情報基盤の構築」

山間地に集落が散在している広島県は、無医地区の数が全国2番目の多さであるという。とりわけ、いわゆる僻地において、医師の極端な都市部偏在と高齢化による医師不足が進行している。他方、都市部においても、医療の専門分化などによって、救急時の医療機関選択に難渋するなど、医療業務が円滑に遂行されているとは言い難い。こうした現状を受けて、「保健・医療・福祉の水平連携」と「プライマリケアから高度専門医療までの垂直連携」の確立が求められている。この論文では、これらの連携を進めるために行われた6つの「前駆的モデル事業」が検討されている。それぞれの事業について、以下、かいつまんで紹介する。

(1)山県地区検査結果画像伝送システム:病院-診療所間、および、診療所間をISDN回線で結び、TV電話および画像伝送システムを用いて、検査結果を病院の専門医と診療所の医師とがリアルタイムで検討する。この試みは、技術的には操作に習熟を要するとはいえ日常診療には有効である、と評価された。残された課題は、医師双方の診療活動に支障がないように計画的な運用を工夫することである。

(2)世羅地区小児等遠隔医療相談:小児医療相談や、在宅酸素療養患者の血圧・血中酸素濃度の自己測定に関する相談、助言を遠隔的に支援する。TV電話の操作性、画質は、医療相談の範囲では有効だったようである。また、患者や家族の安心感を保持することもできたらしい。しかしながら、現状では利用頻度そのものが低いので、サービス内容の周知徹底が必要だとされる。

(3)高田地区在宅遠隔医療事業:ISDN回線を使用するパソコン・TV電話複合システムによって、在宅療養患者の状況を施設から遠隔的に観察したり、対面して会話したりする。技術的には、操作性、画質ともに臨床的に十分とされたが、運用上、保健婦や訪問看護婦などとの連携が必要だとされる。また、家庭へのISDN回線設置費用や経費負担の問題が残されている。

(4)府中地区医師会在宅医療情報共有システム:訪問看護ステーションの看護婦とかかりつけ医が参画し、看護記録を電子化し、「電子申し送りノート」として専門職間で情報を共有する。入力は地域保健医療専門職にのみ解放されたパソコンで行い、プライバシー保護を考慮して静態情報はネットワークに流通させない。問題点としては、入力端末が施設内に限られているため家庭訪問中にデータ入力できないことが挙げられる。

(5)TV電話による診療所支援事業:県立広島病院地域医療センターを拠点として、中山間地域医療機関をTV電話で結び、相互支援を図る。リング型多地点通信方式をとっているため、拡張性に欠け、通信途中からの参加ができないなどの制約がある。画質は、精密画像の分析には不十分だが、面談や参照程度ならば即時性のメリットがある、と評価された。

(6)三次地区地域リハビリテーション支援システム:医療センターを拠点として、福祉センターと口腔ケアセンターをTV電話で結び、理学療法士や作業療法士たちが家庭での日常生活リハビリテーションを遠隔的に指導する。TV電話は、操作、画質などの点で十分に機能していると評価された。このシステムは、TV電話を介する運営会議、在宅障害者への訓練、家屋改造に関する助言などにも活用されている。

これらの事業の評価を踏まえて、広島県では医療情報システムの構築が本格的に検討されているようである。この論文の筆者は、施設間、専門職種間の人間的組織連携が脆弱であることが、システム機能を活用する上での制約になっていることを指摘し、さらに、新たに導入する情報システムの費用負担のあり方を検討しなければならない、と述べている。

コメント:論文冒頭で述べられていた医師の高齢化と後継者不足の問題が、情報システムの構築によってどのように解消されると見込まれるのか、に関する説明が不足しているように思える。また、各モデル事業の評価方法が明確にされていない点も気になる。

関連サイト

論文その5「次世代地域医療・福祉情報システムの設計」

この論文では、まず現行の地域医療福祉支援情報システムが抱える問題点が分析され、現在の課題として、(1)関係機関の情報化に格差がある状況下で、情報システムをいかに設計してゆくのか、(2)資源利用の効率化が求められる中で、情報ネットワークに関係機関が参加しやすいような費用負担方法をいかに設計するのか、(3)技術進歩を吸収できる情報システムの設計はどうあるべきか、の3点が指摘されている。それを踏まえた上で、次世代医療福祉情報システム構築の条件として以下の8条件が掲げられる。

  1. 分散化する患者、サービス利用者の情報を連携・統合する。
  2. 地域の医療・福祉資源の効果的、効率的利用が可能となる。
  3. 地域の医療福祉資源が共同利用される。
  4. 患者、サービス利用者、サービス提供者などの関係者によるフィードバック、フィードフォーワード評価が反映される。
  5. セキュリティ管理が充実している。
  6. 付加価値情報(例えば、読影所見情報など)サービスの提供がなされる。
  7. 多様なニーズに対する弾力的な運用が行われる。
  8. 医療福祉情報のネットワーク的利用が可能である。

医療ASP情報システム、医療資源共同利用支援情報システム、介護保険モニタリング支援情報システムという3つのシステム案が、これらの条件に照らして有効なものとして紹介、検討されている。ここでは個々のシステム案については紹介を省略するので、興味のある方は論文を参照されたい。

コメント:この論文での提案は、すでに紹介した論文の中で提起された課題を結果的にうまくまとめる形になっていると思われる。しかし、上記8条件はあくまでも大筋のものであり、実際にシステム構築作業を進めるには、さらに詳細な検討事項を定めることが必要となるだろう。とりわけ、条件4の評価方法、条件5のセキュリティ管理については、倫理学的観点からの考察が求められよう。すでに存在する幾つかの関連論考も参照していただきたいところである。

考察

これら5本の論文を概観して気づかれるのは、地域医療のネットワークを構築するには、長期的な展望に基づく拡張性ある設備の完備と、それを運用する医師間、医師-患者間などの人的ネットワークの構築という二大要素が不可欠である、ということである。なかでも、後者の人的ネットワーク構築は地域医療の実用化に当たって最優先事項であるように思える。医療情報の電子化とネットワーク化のみで医療の効率と質が飛躍的に向上するわけではない。あくまでもそれらは、生身の医師たちの活動を補助するツールでしかない。どれほど最新の設備が整っていても、専門医と開業医の間の意志疎通ができていなければ宝の持ち腐れである。この点では、郡山市の地域医療連携室の取り組みが参考になるだろう。

しかし他方で、どれほど人的ネットワークが強固に築かれていたとしても、広島県の山間部のように医師の高齢化と後継者不足といったさしあたって動かし難い状況に対しては、設備の増強による改善策が有効である。また、設備の充実により、すでに円滑に機能している人的ネットワークをさらに効果的に機能させることもできよう。その際には、すでに再三指摘されてきたことではあるが、情報共有に際する標準の問題、セキュリティの問題など、配慮すべき事柄が多くあることにも留意しておかなくてはならない。とはいえ、どれほど技術向上があったとしても、それを利用・運用する者が然るべく行動しなければ、いつまでたってもセキュリティホールが埋まることはない。電子化・ネットワーク化に伴う医師・患者両者に対する情報教育は、これまた月並みではあるが、不可欠である。


(おくだたろう 京都大学大学院文学研究科)
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