テレル・ワード・バイナム「グローバルな情報倫理と情報革命」

佐藤岳詩

出典: Terrel Ward Bynum, "GLOBAL INFORMATION ETHICS AND THE INFORMATION REVOLUTION", The Digital Phoenix：How Computers Are Changing Philosophy，Blackwell，pp.274～291　（1998）

この論文でバイナムは前半部でこれまでのコンピュータ倫理学の歴史、定義、おもなトピックなどを概観する。そして最終部分で情報革命によるグローバルな情報倫理のトピックについて論じる。以下はそれら各テーマの内容をまとめ、紹介するものである。

キーワード

コンピュータ（computer）、コンピュータ倫理学（computer ethics）
情報技術（information　technology）、情報革命（information revolution）
専門家倫理(professional ethics)
グローバルな情報倫理(global information ethics)

1,情報革命　

農業、印刷、工業化が世界に与えた影響のように、強力な技術には大きな社会的重要性がある。情報技術も例外ではなく、過去考案されてきた中でも特に、コンピュータは最も強力かつ柔軟な技術である。その理由はジェームズ・ムーアの古典的論文である「コンピュータ倫理学とは何か」（Moor、“What　Is　Computer　Ethics？”1985）1によく説明されている。彼によればコンピュータは“論理的適応性を持つ：logically　malleable”ものであり、ほぼどんな作業も処理できるように設計することが可能であるため、もっとも“万能道具：universal　tool”に近いものである。そのため情報革命は“単に技術的：merely　technological”ではなく、根本的に社会的で倫理的である。

２,情報技術と人間的価値

コンピュータがとても柔軟なそして廉価なものとなってきため、ほとんど気付かないうちに我々の生活にコンピュータは浸透し、先進国ではすでに情報革命が生活の多くの面を大きく変えてきている。しかし産業化の進んでいない国々ではおそらくかなりの遅れがある。アンドルジー・コキコウスキによれば、経済的・社会的な要因が多くの国で現時点での情報技術の広範囲の導入を困難にしているため、情報革命は東ヨーロッパやアフリカそしてラテンアメリカのような地域ではよくてもゆっくりとしか進んでいかないだろう。

一方クリスティーナ・ゴルニアク・コキコウスは、コンピュータは国境を知らず、コンピュータネットワークは他のマスメディアとは異なって真のグローバルな性格を備えていると述べる。またヤセック・ソイカによれば、サイバースペースへのアクセスは世界のビジネスや経営の技術よりはるかに易く、情報技術によって周辺地（peripheries）はなくなった。最も離れた発展途上国でさえも十分にサイバースペースへ参加することは可能である。そしてネットは多くの民主主義ではない国では唯一の自由の領域を構成するのである。

そして以上の理由や費用の急速な減少から人々が現在信じている以上に情報革命は地球全体に早く影響を与えていくかもしれない。そのため世界中で情報技術が与える社会的、倫理的な影響について感心を抱くことが、緊急に必要である。

情報技術の倫理的な影響を研究し分析するために、現在では“コンピュータ倫理学”と呼ばれる新しい学問分野が生まれてきた。合衆国においてもその他の先進国においても大学での学科、会議、研究会、専門家組織、カリキュラムの内容、著作、論文、そして研究所が出来た。そしてこの急速に発展してきたコンピュータ倫理は後半で議論される“グローバルな情報倫理”のより広く重要な研究分野へと変わっていった。

３,コンピュータ倫理学：いくつかの歴史的道標

コンピュータ倫理学の歴史のいくつかの重要な道標には以下のようなものがある。

３－１,1940年代と1950年代

1940年代にMITのノーバート・ウィナーは自ら“人工頭脳研究：サイバネティックス”と呼ぶ情報のフィードバックの科学という新しい原理の基礎を築いた。1948年までに彼は著作活動を行い、情報技術が平和や健康、知識、教育、共同体、そして正義といったような人間の価値観にたいして与えた影響のようなものを講義していた。そしてその後10年間でウィナーは数多くの講義を行い、今日ではコンピュータ倫理学の研究と呼ばれるであろういくつかの著作と論文を書いたため、彼は情報技術が人間の価値観に与える影響について真剣に呼びかけた最初の学者であると言える。そのためウィナーはコンピュータ倫理学の設立者と言えるだろう。

３－２,1960年代

1960年代中ごろ、SRIインターナショナルのドン・パーカーがコンピュータ専門家によるコンピュータの非倫理的あるいは非合法な使用に関する調査やまたコンピュータ犯罪の例などの収集を行った。また「情報処理の倫理規則」（Parker、Rules of Ethics in Information Processing 1968）を米国コンピュータ学会（Association for Computing Machinery：ACM）にて発表し、後にACMによって採用される最初の専門的行動の綱領（Code of Professional Conduct）の制定を指揮した。パーカーはコンピュータ倫理学の第二の設立者といえるだろう。

３－３,1970年代

60年代後期から70年代初頭にかけて、情報処理のモデルとしての人間観が強まっており、人間を単なる機械であるとみる風潮があった。それに対しMITのコンピュータ科学者でELIZAを作ったジョセフ・ワイゼンバウムは、人間は単なる情報処理機械以上の存在である、という見解を示した『コンピュータパワーと人間理性』（Weizenbaum、“Computer Power and Human Reason” 1976）を著した。これにより多くの思想家が刺激され、多くのコンピュータ倫理学のプロジェクトが開始された。

70年代中期には当時バージニアのオールドドミニオン大学のウォルター・メイナーが、コンピュータ技術によってより悪化し、変容し、または生み出された倫理的問題を扱う応用専門家倫理として“コンピュータ倫理学”という語を作り出した。そして70年代後期にかけてカリキュラムの内容から大学講師へのアドバイスまでを含む「コンピュータ倫理学のスターターキット」（Maner、“Starter Kit in Computer Ethics” 1980）を出版した。その中には大学の履修便覧のために提案された講座の説明書や、大学のカリキュラムでそのような講座を開く根拠、講座の対象のリスト、いくつかの指導情報、そしてプライバシーと守秘、コンピュータ犯罪、コンピュータの決定、技術的依存と倫理の専門規則などの議論が含まれる。これにより多くの大学でコンピュータ倫理学の講義が生まれた。

３－４,1980年代

1980年代には合衆国内でコンピュータの登場で新たに発生した犯罪、コンピュータのミスによって引き起こされた惨事、プライバシーの侵害、ソフトウェアの所有権問題などが社会問題化していた。またパーカー、ワイゼンバウム、メイナーらの業績によって学問的な学科としてのコンピュータ倫理学の基礎が用意されていた。それらを受けてコンピュータ倫理学の活動が急増した。

80年代中ごろ、ダートマス大学のジェームズ・ムーアが「コンピュータ倫理学とは何か」を発表した。加えてレンスラー工科大学のデボラ・ジョンソンがこの分野で最初の教科書となる『コンピュータ倫理学』（Johnson、“Computer　Ethics”1985）を発表した。また心理学からはMITのシェリー・ターケルが人間の精神に対しコンピュータが与える影響について研究し『第二の自己』（Turkel、The Second Self1984）を発表した。さらに社会学からはコンピュータ使用と人間的価値に対して社会学的アプローチを行ったはジュディス・ペロールの『コンピュータと社会変化：情報、所有、権力』（Perroll、“Computers and Social Change : Information,Property and Power”1987）がある。

また1980年代初頭の著者は、メイナーが「コンピュータ倫理学のスターターキット」を発行するのを補佐し、多くの大学で講座を開きながら、合衆国で数多くの研修会を開いた。1985年にバイナムはMetaphilosophyの編集者としてコンピュータ倫理学の特集号を出し、1987年には南コネチカット州立大学にコンピュータと社会のリサーチセンターを作った。また1988年にバイナムはメイナーとともに最初の国際会議を企画し、その会議は世界中の何百という大学で現在使用されている多くの専攻論文、ビデオプログラム、カリキュラムの内容を生むこととなった。

３－５,1990年代

90年代に入って研究分野としてのコンピュータ倫理学に関する関心はヨーロッパやオーストラリアへ広がっていった。これはサイモン・ロジャーソンの先駆的な研究によるところが大きい。彼の見解によれば90年代はコンピュータ倫理学の第二世代（second generation）の到来の先触れであった。

４,コンピュータ倫理学という領域の定義

コンピュータ倫理学の領域はいまだ新しすぎるためその特性と境界の定義においていろいろな試みがなされている途中である。それを考えるために以下の5人の定義を考えてみる。

４－１,ウォルター・メイナー：コンピュータによって悪化し、変容し、新たに生み出された倫理的問題を検討する領域

彼の見解によれば情報技術によってある種の旧来の倫理的問題が悪化する一方で、情報技術による全く新しい問題も生まれている。メイナーは当時発達していた医療倫理をまねて、功利主義やカント主義などの伝統的理論を適用する“応用倫理”に注目した。

４－２,デボラ・ジョンソン：コンピュータが新たな形態を標準的な道徳的問題と道徳的ジレンマに与え、古くからの問題を悪化させた、未知の領域に今までの道徳的規範を適用するための方法の研究

メイナーと異なる点は、コンピュータが完全に新しい道徳的問題を作りだしたとは考えず、古くからの倫理的問題にたいし“新たな意外な展開（twist）”をもたらしたと考えた点である。しかしそのアプローチはメイナーらと同じくカント主義や功利主義の手法を用いた“応用哲学”的なものであった。

４－３,ジェームズ・ムーア：情報技術の社会的あるいは倫理的な使用に対し、指針が空白であり概念が混乱していることを問題にする学問

ムーアが「コンピュータ倫理学とは何か」のなかで行っているコンピュータ倫理学の定義は、メイナーやジョンソンのものよりも幅広いものであった。それはどの特定の哲学者の理論からも独立していて、多様な倫理的な問題解決の方法論的なアプローチとも両立するものであり、過去10年にわたって最も影響があった定義である。ムーアによればコンピュータ革命は二段階に分かれて起こる。第一段階はコンピュータ技術が発達し洗練される“技術の導入（technological introduction）”である。これはすでにアメリカで第二次大戦後の40年間で起こっている。第二段階は先進国でも最近始まったばかりの“技術の普及（technological permeation）”である。そこでは技術は毎日の人間の生活や社会制度の根本的な概念とその意味を変えていく。コンピュータ倫理学特有の問題は、ここでのコンピュータ使用に関する指針の空白（policy　vacuum）と概念の混乱によって生じている。したがって行動指針を定式化するための整合的な概念的枠組み（conceptual framework）を与える分析が必要とされている。

４－４,テレル・ワード・バイナム：社会的あるいは人間的な価値あるものに対してコンピュータが与えた影響を確認し、分析するもの

この定義方法はムーアの古典的な論文（1985、266、第二段落）2の中の追加的な提案をさらに発展させたものである。この定義によれば（ムーアから著者が1989年に発展させた）コンピュータ倫理学は健康、富、労働、機会、自由、民主主義、知識、プライバシー、警備、自己実現、などの社会的な人間的価値に対する情報技術の与えた影響を確定し分析するものである。このコンピュータ倫理学に対するとても広い見解は、応用倫理、コンピュータの社会学、技術評価、コンピュータの法、そして関連領域を含み、これらの領域の概念、理論や方法論を用いている。

４－５,ドナルド・ゴッターバーン：コンピュータを扱う専門的実践の基準や行動綱領を考える専門家倫理の一分野

ゴッターバーンの定義は他とは異なり、コンピュータ倫理学は職業倫理の一分野として示される。彼によれば、専門家倫理は、コンピュータを扱う専門家の、その役割の中での日々の活動を導く指針となる価値基準であるにも関わらず、ほとんど注意が払われていない。コンピュータ使用の専門家を通じて私たちは誰でもコンピュータ製品の設計と発展に関わっている。これらの製品の発展の間になされた倫理的な決定は、広くコンピュータ倫理学の概念の下で議論されてきた多くの問題と直接に関係を持つのである。　

５,コンピュータ倫理学のトピック

どのような定義を選ぶにせよ、現代関心を集めている問題を例にとって調べてみることは、その領域がどのようなものであるかを理解するために最もよい方法である。以下4つの例を見ていく。

５－１,職場でのコンピュータ

コンピュータには睡眠の必要がなく、疲労も知らない。また多くの業務において、人間よりはるかに有能でありうる。それゆえ人間をコンピュータに置き換える経済的な誘引は強く、短期的には失業の増加が起こりうる。だがコンピュータ産業も新たな職（ハードウェアエンジニア、システムの分析者、情報技術の教師、コンピュータ販売員など）を生み出すため長期的に見るとそれほど見通しは悪くない。

だが職が減ることはないにせよ変化は起こりうる。実際コンピュータによって労働者がボタンを押すだけになる、つまり“脱熟練化：de－skilling”する危険性もある。しかしコンピュータは新たなる精密な技術を要する職（コンピュータを用いたデザイン・精密な外科手術など）も作り出すため、見通しはこれもそれほど悪くない。

さらにその他の職場問題としてコンピュータの職場への導入が労働者の健康とやりがいに影響を与える可能性がある。これらについて考慮することが重要である。

５－２,コンピュータセキュリティー

コンピュータセキュリティーはハッカーや国際的スパイ活動の時代において重要な論題である。スパフォードらはこのコンピュータセキュリティーを5つの点に分ける。

プライバシーとデータの守秘
統一性（integrity）――適切な権限なしにはデータやプログラムは変更されないことを保証すること
継続的なサービス
一貫性（consistency）――今日みたデータや反応が明日も同じであるようにすること
リソースへのアクセスの管理

悪意を持ってつくられたソフトウェアや“プログラムされた脅威”はコンピュータセキュリティーに対する明らかな挑戦である。これらは“ウイルス”を含み自身では働くことはできないが、他のコンピュータプログラムに書き込まれる。；“worms”は機械間ネットワークを通じて動き回ることができる。そして自身の一部を異なる機械群の中で働かせることも可能であるかもしれない。；“トロイの木馬”はある種のプログラムにあらわれ、実際には陰で被害を与える。；“logic　bombs”は特定の状況を監視し、それらの状況があらわれると削除してしまう。；“バクテリア”と“ラビット”は高速で増え、コンピュータのメモリーを埋めてしまう。中でも横領やロジックボムを植え付けるようなコンピュータ犯罪は、コンピュータの使用許可を持つ信頼のおかれた職員によってなされる。したがって信頼のおかれた使用者の行動も考慮されなければならない。

もう一つのコンピュータセキュリティーの主要な危険は、許可なく誰かのコンピュータシステムに侵入する、いわゆる“ハッカー”である。種類としては主に二通りで、意図的にデータを盗む、あるいは破壊するものと、単にそれがどのように働き、どのようなファイルを含むかを見るためにシステムを単に“探検explore”する。特に後者は自分たちは害を成さないと述べ、サイバースペースの自警団であって、セキュリティーの危険をさらけ出すことで社会の手助けをしているとすら主張する。このようにハッカーは無害であるという主張に対し、スパフォードのような人々はは全てのハッキング行為は有害であると主張する。単に探検しただけであってもシステムに対する侵入が知らされた場合、管理者はシステム全体の完全な調査を行わねばならないためである。

５－３,ソフトウェアの所有権

ソフトウェアの所有権に関する問題はコンピュータ倫理学の中でも議論の多い分野である。リチャード・ストールマンのような人々は、ソフトウェアの所有権は全く認められず、全てのプログラムは誰もがコピーし、学び、修正できるようにすべきであると主張している。それに対してライセンス料や売上によって投下資本を回収できなければ、多くの時間や多額の費用をソフトウェアの開発に費やすプログラマーはいなくなるだろうと指摘もある。実際多くの人はソフトウェアに所有権を認めるものの、個人的に所有しているプログラムを友人に“ちょっとしたコピー：casual copy”をしてやることは許されるべきだと考えているため、ソフトウェア会社は、違法なコピーにより年多大な損害を受けていると主張している。

しかし所有できるソフトウェアに関してはいくつかの異なったものがあり、所有権に関しても著作権、企業秘密、特許などの異なる形態があるため問題は複雑である。所有できるプログラムは以下のものである。

PascalやC++のような高レベルなコンピュータ言語を用いて書かれた“ソースコード”
ソースコードの機械言語翻訳である“オブジェクトコード”
ソースコードとオブジェクトコードがあらわすマシンコマンドの筋道である“アルゴリズム”
プログラムが画面やインターフェイスを通じあらわれている“見た目と雰囲気：look and feel”

アルゴリズムに対する特許権の問題も現在非常に議論が分かれる。それはアルゴリズム特許権は商品の使用の排他的な使用を可能にするため、特許権の使用者はアルゴリズムの一部である数学的な公式を他者が使用することも拒否できることになる。数学者や科学者はこれらによって事実上数学を共有物（public domain）ではなくなり、科学が不自由なものになる恐れがあると主張している。加えて“新しい”プログラムが誰かのソフトウェアの特許権を侵害していないかを調べる“特許権調査”は時間と費用がかかる。結果としてそういった調査を行う余裕のある大企業のみが生き残り、競争がなくなり、社会の入手できるプログラムの多様性が失われていく。

５－４,専門家の責任

コンピュータの専門家は特別な知識をもち、それに伴った地位と権力を持つため、世界に対して重大な影響を与えることができる。そのためこれら専門家は強い権力を責任を持って行使する必要が出てきた。専門家たちは多様なの専門的関係の中にある。例：雇用者―従業員　依頼者―専門家　専門家―専門家　社会―専門家　それゆえこれらの結びつきの中で生まれる可能性のある利害の対立に、責任ある専門家なら気付き、また避けようとせねばならない。

ACMや米国電気電子学会（Institute of Electrical and Electronic Engineers：IEEE）のような合衆国の専門家の組織は、コンピュータの専門家が倫理的責任を理解し、責任を持って行為するために倫理綱領やカリキュラムガイドラインを制定した。1991年にはACMとIEEEは合同で大学でのコンピュータ科学のプログラムのための一連のガイドラインを採用した（「カリキュラム1991」）。コンピュータ科学の学部内の教育はコンピュータ倫理学を含むべきである、とガイドラインには記されている。

またACMもIEEEも独自の倫理綱領を持っている。最新のACMコード（1992）3は“他人への危害を避ける”や“誠実かつ信用されるようにありなさい”といった“一般的な道徳上の義務”を含んでいる。同時に“専門的能力を獲得し維持する”や“専門的な仕事に属する、現行の法を知り、尊重する”といった“より特殊な専門家としての責任”も含まれている。IEEEの倫理綱領（1990）には“可能な限り常に現実の、または予想しうる利害の衝突を避けなさい”や“利用できるデータに基づいて主張や評価をするときは、正直で現実的でありなさい”といった原則が含まれる。

ABET（Accreditation Board for Engineering）は長くコンピュータエンジニアリングのカリキュラムに倫理的な内容を盛り込むよう要求してきた。1991年CSAC（Computer Sciences Accreditation Commission）/CSAB （Computer Sciences Accreditation Board）も、国の認可を受けるどのコンピュータ科学の単位を与えるプログラムもコンピュータ倫理学を含むべきである、という要求を採用した。

これらのことからコンピュータ科学の専門家組織はその成員に対する専門家の責任を認め、その必要性を強調していることは明らかである。

６,将来：グローバルな情報倫理

以上の段落で過去のコンピュータ倫理学の発展をみてきたが、ここで未来に目を転じる。インターネットやwwwのようなグローバルネットワークは地球全体の人類を結び付けていく。クリスティーナ・ゴルニアク・コキコウスカが「コンピュータ革命とグローバルな倫理学の問題」（“The Computer Revolution and the Problem of Global Ethics”1996）で示しているように、歴史上初めて、互いに同意した行動基準を発展させる努力と、人間的価値を促進し守る努力が本当の意味での全世界的な状況の中でなされつつある。そのため初めて、特定の地理的な地域に限定されず、特定の宗教や文化によって制約を加えられないような状況下で倫理と価値が議論され、また変化しようとしている。これらグローバル化によって生じてくるであろういくつかの問題を以下見ていく。

６－１,グローバルな法

優に百以上の国々がインターネットによって結ばれている状況下で、言論の自由、ポルノグラフィーの取り締まり、知的所有権の保護、プライバシーの侵害といった問題に対して法はどのように適用されるのか。
ヨーロッパの市民が遠国の誰かとインターネットで取引を行い、しかもその国の法はそのような取引を禁止している場合、そのヨーロッパ人は遠国の裁判所によって裁かれうるのか。

６－２,グローバルなサイバービジネス

インターネット上の電子的なプライバシーと安全性を確保する技術の発達はグローバルなサイバービジネスを急激に発展させる。そのことによりそれ以外の国が取り残されている間に、技術的な基盤が整った国は急速な経済成長が可能となる。この発展の副産物とは何か。

世界のある部分では受け入れらている取引の方法が世界の他の部分では“詐欺”として感じられるのか。
少数の富んだ国で富者と貧者との間にすでに存在する大きい溝を更に広げることになるのか。
政治的、あるいは軍事的対立すら起こるのか。

６－３,グローバルな教育

富者も貧者も等しくグローバルな情報網が安価で利用可能になった場合、歴史上初めて地球上の全ての人が自由刊行物からの毎日のニュース：世界中の大きな図書館や美術館からの教科書、記録、芸術作品：世界中の人々の政治的、宗教的、社会的な活動などの情報を利用できることになる。

この“グローバルな教育”は政治的独裁、孤立した社会、受け継がれてきた文化、宗教的儀礼などに対しどのような影響を与えるのか。
また大きな大学が学位と知識をインターネット上の授業と単位によって与えるとしたら、“より小さな：lesser”大学はどうなるのか。

６－４,情報富者と情報貧者

富んでいる国と貧しい国との、そして先進国内での富んだ人と貧しい人の間の溝はすでに憂慮すべきほど広い。

教育の機会、ビジネスと雇用の機会、医療のサービスなど多くの生活に必要なことがこれまで以上にインターネット上に移行していった時、富者と貧者の間の溝はより悪化するのか

６－５,結論

これらは情報革命の進行と深く関わりを持つ多くの社会的、倫理的な問題のほんの一例である。以上の例はこれらの問題が急速に広くグローバルになっているということを示している。それゆえグローバルな情報倫理の新しい分野が今、情報革命の新しい局面として生まれてきている。

参照文献

『情報倫理学研究資料集Ⅱ』　p1にて翻訳が紹介されている。
『情報倫理学研究資料集Ⅱ』　p2、4行目以降の1段落。
『情報倫理学研究資料集Ⅰ』　p179にて翻訳が紹介されている。

(さとうたけし京都大学文学部)

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