フィリップ・ブレイ「コンピュータ倫理学における方法：複数段階の学際的アプローチに向けて」

三輪恭久

出典：Philip Brey,“Method in computer ethics: Towards a multi-level interdisciplinary approach”, Ethics and Information Technology, ２：pp.125-129，2000

キーワード

開示的コンピュータ倫理学（disclosive computer ethics）複数段階で学際的なアプローチ（a multi-level interdisciplinary approach）

要約

本論ではコンピュータ倫理学の方法論的側面について考え、いわゆる開示的コンピュータ倫理学の中心的役割を果たす複数段階で学際的なアプローチを支持する議論を行う。開示的コンピュータ倫理学はコンピュータシステムやその応用、実践に隠された価値や規範を道徳的に解読することに関わる。本論で示すコンピュータ倫理学研究の方法論では、研究が三段階にわけて行われる。第一の開示的段階では、理想的には哲学者とコンピュータ科学者、社会科学者がコンピュータのシステムや実践に隠された規範性を明らかにするために共同研究をする。第二の理論的段階では、哲学者が道徳理論を展開し修正する。そして最後の応用段階では、先の二段階で遂行された研究の結果から、コンピュータシステムと実践の規範的評価が行われる。

１．コンピュータ倫理学：目的、射程、方法

本章では、コンピュータ倫理学の方法論的議論が、コンピュータ倫理学の目的と射程との関連から示される。

「コンピュータ倫理学とは何か」という論文の中で、コンピュータ倫理学の主要目的は、コンピュータ技術の使用における個人的行為と集団的行為とを指導するための指針を決定することである、とムーアは述べた（Moor 1985）。私は彼の提案に同意するが、単にコンピュータ技術の使用だけでなく、コンピュータ技術の開発および管理に関係するような実践においてもガイドラインを決定することが必要であると付け加えたい。このように考えると、コンピュータ倫理学が応用倫理学の一分野であることが明確になる。理論的な倫理学は道徳の一般的な側面に関わるが、応用倫理学は人間の実践の中でも特定領域の道徳を研究するものだからである。さらに、応用倫理学の目的は、単に十分な裏付けのある道徳の分析に達することだけでなく、そのような分析が特定の研究領域における議論や指針、実践に影響を与えることでもある。

コンピュータ倫理学の射程には、何らかの形で本質的にコンピュータと関わる個人的実践及び集団的実践が含まれる。例えば、コンピュータ技術の使用、開発、規制、管理、擁護、宣伝といった実践を指す。また、これらの行為の所産、例えば、コンピュータシステム、ソフトウェア、マニュアル、宣伝、そしてコンピュータの使用を規制する法や政策も含まれるべきである。これらの所産に特別に言及すべきなのは、これらを生み出した行為の考慮とは独立に、その道徳的属性が分析されるうるからである。例えば、ソフトウェアのコピーを規制する法は、立法に至るまでのあらゆる行為［法を必要とする条件および立法のプロセス］の分析とは独立に、その道徳的内容について分析することができる。

次に、コンピュータ倫理学で用いられる様々な方法について議論しよう。コンピュータ倫理学は、応用倫理学の他の分野と同様に、検討の対象となる実践に対して現存の道徳理論を用いることをしばしば含んでいる（Van Den Hoven 1997）。

しかし、道徳理論の応用はコンピュータ倫理学者がすることの一部でしかない。ムーアが指摘したように（1985）、新しいコンピュータ技術に伴って生じる環境や実践の変化により、古い価値の再考が要求されると同様、新しい価値が生み出されている。そのような新しい環境や実践の中で諸価値の衝突が起こり、新たな道徳的ジレンマが生じる。その時、現存の道徳理論は、諸価値の衝突や新しい価値を適切に理論化していないことがわかるだろう。プライバシーはその一例である。プライバシーは、道徳理論において以前に考えられていたよりも注意を要することとして多くのコンピュータ倫理学者によって現在では捉えられいてる。この問題は、部分的にはコンピュータ技術の使用によりもたらされる、公的領域と私的領域の再概念化に帰せられる。結果として、プライバシーに関して現在の道徳理論の不適切さが明らかになっている。それゆえに、コンピュータ倫理学者が、プライバシーに関する道徳理論の展開に寄与することがふさわしいのである。一般に、コンピュータ技術に関わる新しい実践から生じた新しい要求と突き合わせて、現在の道徳理論が不十分であるか、不適切であるとき、現在の道徳理論を更に展開し、修正することがコンピュータ倫理学の課題の一部である。

コンピュータ倫理学の課題の一部は道徳理論の展開と応用であるが、両者は規範的概念および原理を提示、擁護、分析、応用することに関わるという点で、規範的である。しかし、私の考えでは、コンピュータ倫理学の研究の大部分は記述的である。すなわち、コンピュータ倫理学の研究は、現実の諸側面を記述することや記述的概念および原則を提示、擁護、分析、応用することに関わる。

記述的研究の重要性はムーアによってある程度まで言及されている。ムーアによると、「コンピュータ倫理学の重要な仕事の多くは、コンピュータ技術を含む倫理的問題を理解するための概念的枠組みを示すことに向けられている。」明らかにムーアは、コンピュータ倫理学の研究に必要とされる概念的分析の大部分は記述的概念の分析の中に見出されると考えている。ムーアが挙げている例によれば、コンピュータプログラムを保護する政策をたてるためには、まず始めに「コンピュータプログラムとは何か」や「プログラムは現実に所有されうるのか」といった記述的な概念上の問題に答えなければならない。道徳理論の展開およびその応用についで、コンピュータ倫理学の第三の重要な研究活動は、記述的概念の概念的分析と、関連する経験的事実の適切な記述である。

２．隠された道徳性と開示的コンピュータ倫理学

次に、ムーアが十分には認識していなかった、コンピュータ倫理学の第四の研究活動について論じる。コンピュータ倫理学の多くの課題は、既存の道徳的問題を解決することに関わるとムーアは仮定しているように思われる。ムーアは、「コンピュータ倫理学における典型的問題が起こるのは、コンピュータ技術はいかにして使用されるべきかについての指針の空白（a policy vacuum）があるからである」と述べている。このような場合になすべきことは、道徳的問題を引き起こす実践の概念を明確にすること、そしてこの実践を記述することである。しかし、コンピュータ倫理学の課題の大部分は、すでに論争になっている実践の明確化ではなく、むしろ道徳的に中立に見えるような実践の道徳的意味を明らかにすることにあると私は主張したい。コンピュータシステムの設計や利用には重要な道徳的特性がある。しかし、その道徳的特性は、ある技術やそれが利用される文脈との関係があまりにも複雑であったり、よく知られていないために、隠されたままである。コンピュータ技術とその利用を、それらが持つ道徳的に重要な特徴を明らかにすることによって、透明なものにすることは、コンピュータ倫理学の仕事の一部である。

コンピュータ技術が道徳的特性を持ちうるという見解は、それが政治的特性を持ちうるという見解の拡張である（Winner 1980，Sclove 1995，Pffenberger 1992，Akrich 1992）。ウィーナーによれば、技術的な人工物およびシステムはほとんど法律のように機能する。行動を制限し、公共秩序の枠組みとして働くことによって、スクラブは技術的な人工物を社会的構造の諸要素とみなし、ウィーナーと同じような考えを述べた。スクラブは、法律や政治制度などと同様に、テクノロジーも社会的構造の要素のうちに含まれるべきだと論じている。というのも、テクノロジーには他の社会的構造の諸要素と同じ種類の構造的影響があるからである。例えば、テクノロジーは、諸個人をある方法で行動させることができるし、文化的信念に影響を与えるかもしれない、ということが挙げられる。科学技術がもつ多くの構造的影響は道徳的観点から分析されるであろう。

最近のコンピュータ倫理学の著作の多くは主にコンピュータ技術の道徳的解読に関わっている。例えば、フリードマンとニッセンバウム（1997）はコンピュータシステムのバイアスの研究をしている（Brey 1998 も見よ）。彼らはバイアスのあるコンピュータシステムを記述し、そのようなシステムから生じうる不正な帰結に目を向けることにより、バイアスが存在することを明らかにしようとしている。ブレイ（1999，1998）はコンピュータシステムの設計が使用者の自律にもたらす帰結に関心を持っている。これらの研究のほとんどは、コンピュータの設計が使用者の自律にもたらす潜在的影響を明らかにすることに関わっている。そしてこれらの研究は、道徳理論の展開や応用ではなく、むしろコンピュータ技術の記述および、それらの道徳的重要性を明らかにするような仕方でコンピュータ技術に関係する実践の記述に大きく貢献している。

コンピュータ倫理学におけるこのような分析の重要性から、このアプローチを開示的コンピュータ倫理学と私は呼びたい。コンピュータ倫理学における開示的研究とは、コンピュータシステムやコンピュータの応用、実践のうちに隠された規範性を開示し、評価することに関する研究のことである。

明らかに、技術や実践の道徳的重要性を明らかにするためにそれらを記述するということは、何が道徳的に重要であり、何が重要ではないかが、すでに区別されていることが前提されている。そして、重要な道徳的価値は、分析が行われる以前にすでに確定されている。しかし、このことは開示的分析が行われるよりも前に道徳理論が用意されていなければならないという意味ではない。例えば、コンピュータ技術の設計や実践が権力や財の不平等な配分を生み出すことや、自由やプライバシーを減じさせることが明らかになったとき、コンピュータ技術の設計や実践の（潜在的）道徳的重要性が十分に認められているのである。従って、より厳密な道徳的評価は開示的分析がなされるまで待つことができる。

こうしてコンピュータ倫理学の開示的研究は二段階のプロセスという形式を取るであろう。分析の第一段階では、ある技術Ｘはそれと関連のある道徳的価値Ｙ（例えば、プライバシー、正義、自由など）の観点から分析される。この時、価値Ｙにはゆるやかで常識的な定義だけが与えられる。この分析から、技術Ｘのある特徴が特定の仕方で価値Ｙを減じさせる（あるいは、価値Ｙを維持する）という仮説的な結論が導き出されるだろう。例えば、サーチエンジンが情報プライバシーを減じさせる傾向にあるということを想定しよう。この場合、情報プライバシーとは、個人が自分自身に関する情報の開示に対して持つ制御としてゆるやかに定義される。この分析は第二段階の分析を促す。第二段階で、情報プライバシーの理論が応用され、さらに展開され、結果的にサーチエンジンのプライバシーに関わる側面についてのより個別的な規範的評価に到達することができる。

もちろん開示的分析はより理論主導型の方法でも可能である。上の例では、特定の道徳原理を含む、情報プライバシーについての道徳理論から始めて、サーチエンジンがこの道徳原理を支持するか、支持しないかを分析している。場合によっては、この分析の結果として、サーチエンジンのプライバシーに関する側面について推奨できる政策が得られるかもしれない。

これら二つのアプローチは、どちらも容認可能な開示的コンピュータ倫理学の方法である。しかし、理論主導型の方法が最終的には好ましくない理由が少なくとも二つある。第一に、理論主導型のアプローチでは、開示的分析を受け入れることが特定の道徳理論を受け入れることに依存する傾向がある。例えば、ある研究によって、理論Ｔに見られる情報プライバシー概念では、現在のサーチエンジンが情報プライバシーを侵害していることが示されたとしよう。しかし、このことは理論Ｔを拒絶する人は納得させないだろう。

第二に、理論主導型のアプローチでは、研究途上の技術あるいは実践についての先入見をすでに含んでいる。というのも、このアプローチでは、経験的な仮定を含む観察可能な現象を分析する時に、すでに高度に理論的な語彙が用いられているからである。観察に際してはより中立的な記述が好ましいのだが、理論主導型のアプローチでは、観察が応用される理論が持つ先入見に部分的に基づいているかもしれない。要するに、もしも選択を迫られたなら、開示的コンピュータ倫理学において理論主導型のアプローチを選択しない十分な理由があるのである。

最後に、どのような道徳的価値や規範が開示的分析で研究されるべきか、という問いが生じるであろう。私の考えでは、社会を通して広く支持されている道徳的価値や規範であることが望ましい。というのも、そのような価値や規範を侵害するコンピュータシステムあるいはその応用は、明らかに道徳的に受け入れがたいからである。開示的コンピュータ倫理学の過去の研究において、この基準を満たした価値とは、正義（あるいは公正）、自律（あるいは自由）、民主主義、プライバシーである。そこで、例えば、電子的信用格付けシステムの設計上の「公正」について開示的に研究するには、まず「公正」を広く常識的に定義することから始め、次にこの「公正」の定義に従って、そのシステムによって不公正に扱われる集団があるかどうかの調査に取り掛かるのである。

３．複数段階の学際的研究の必要性

開示的コンピュータ倫理学は複数段階の学際的なアプローチを要求し、このアプローチは三つの段階からなる。第一段階は開示的段階である。ここでは開示的コンピュータ倫理学の研究が始まり、ある種のコンピュータシステムやソフトウェアが、プライバシーや正義などの重要な道徳的価値の観点から分析される。第二段階は理論的段階である。ここでは道徳理論が展開され、洗練される。情報プライバシー、あるいは配分的正義と情報との関係といった問題に対するやや基礎的なこの研究は、コンピュータ技術を含む新しい実践によって動機づけられ、そこでなされる主張を擁護するために具体的な事例が用いられるだろう。しかしこの研究は、特定の技術あるいは実践から一般的な結論に至ることを目的としている。第三段階は応用段階である。この段階では、特殊性や具体性の様々な程度に応じて、道徳理論が開示的段階での研究の成果である分析に応用される。

コンピュータ倫理学研究は、理論的段階においてのみ哲学的専門知識を必要とし、哲学者によって研究されるであろうが、開示的段階や応用段階ではそうではない。開示的段階の研究では、テクノロジーについてかなりの専門知識がしばしば必要となる。また、システムの機能がどのように人間の行為や規則、制度に依拠しているのかを分析するためには社会科学についての専門知識もまたしばしば必要となる。ゆえに、開示的段階での研究はコンピュータ科学者や社会科学者、哲学者の協同作業であることが理想的である。あるいは適切な学際的背景知識を持つ研究者によって研究がなされるべきである。

応用段階での研究は、再び哲学者の仕事であると主張されるかもしれない。なぜならば、道徳理論の応用には主として哲学的技能が必要であるように思われるからである（Van Den Hoven 1997）。しかし、たとえ道徳理論と道徳判断や経験的事実、科学的主張、その他の重要な情報を一致させることが哲学的技能を要する活動であるとしても、この段階で検討されねばならない情報は、大部分が非哲学的な種類のものであろう。それゆえに、この活動に関わる哲学者は、彼らが道徳判断を下しうる技術や実践の社会的、法的、技術的側面を完全に理解していなければならない。あるいは社会的、法的、技術的領域の専門家との共同作業を選択するべきである。

開示的段階、理論的段階、応用段階という三層構造モデルはコンピュータ倫理学における開示的アプローチに当てはまる。非開示的コンピュータ倫理学は通常、理論的段階と応用段階のみから成る二段階モデルに従っている。非開示的アプローチは、そこに含まれている技術や実践が道徳的問題を引き起こすことがすでに明らかになっている事柄に関係しており、これらの道徳的問題に答えようとすることを目的とする。このような研究では技術と実践が常にはっきりとしているが、これらの技術や実践が引き起こす道徳的な事柄の解決は難問となるであろう。例えば、オンラインでの匿名会話の倫理についての研究では、どのような実践が問題なのか、そしてその実践を可能にするために技術がどのような役割を果たしているのかということは常に前もって明らかになっている。それだけに開示的段階で成されるべき事はあまりない。そのかわりにほとんどの仕事は概して応用段階でなされるであろう。具体的には、現在ある道徳理論（例えば、自律の倫理）を手元にある事例の特質と比較考量したり、結びつけたりするのである。

４．結論

開示的コンピュータ倫理学は、応用倫理学における伝統的なアプローチからは逸れるが、コンピュータ倫理学では非常に必要とされるアプローチを構成している。応用倫理学の伝統的なアプローチは技術的システムや実践に隠された規範性を通常は無視してしまい、以前として道徳理論の定式化や応用に専念している。すでに議論してきたように、開示的コンピュータ倫理学は理論主導型ではなく、四つの鍵となる概念に焦点を当てるべきである。四つの鍵となる概念とは正義、自律、民主主義、プライバシーである。ここに示した開示的方法が、技術が重要な役割を果たしている応用倫理学の他の領域でも一般化されるのは当然のことである。

開示的コンピュータ倫理学に必要な方法論は複数段階の学際的なものである。その場合、研究は三段階で行われる。開示的段階では哲学者とコンピュータ科学者、社会科学者がコンピュータシステムと実践に隠された規範性を開示するために協同で作業する。理論的段階では哲学者が道徳理論を展開させ、修正する。応用段階は先の二段階でなされた研究から引き出されるものであり、この段階では十分な哲学的技能と幅広い背景知識を持った研究者が、コンピュータシステムと実践の規範的評価を行う。開示的段階をもたず、応用段階と理論的段階との二段階のプロセスだけからなる非開示的コンピュータ倫理学研究は、道徳的問題を明らかにすることに関わらないが、それらの問題を明確化し、解決するという試みにその焦点を当てている。

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(みわたかひさ京都大学大学院文学研究科)

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