出典:Cavanaugh. T.(2000) Genetics and fair use codes for electronic information. In Ethics and Information Technology, Volume 2 No.2, pp.121-123
Thomas A. Cavanaugh - University of San Francisco, Philosophy Department.
要旨(Abstract): この論文では、現在電子的に記録されたデータを公正に管理するにあたって用いられている原則が、遺伝子情報に対して適用するには不十分であるということについて考察する。そして、他の個人情報と異なる遺伝子情報の集合的な性質(group-characteristics)を扱うために適した原則が提案される。
キーワード(Key words): データベース、情報の公正な取り扱いについての要綱(fair-use-codes)、遺伝子・遺伝学(genetics)
略語(Abbreviations): PII-情報の個別化原則(principle of information individualization)
この論文において筆者は、まずはじめに、現在個人情報を取り扱う際に守るべきであると考えられている倫理的規範を示し、その規範は、遺伝子情報を扱うには不十分なものであり、問題が起こるだろうということを明らかにする。
そして、問題は個人情報を収集される個人が、情報を取り扱われる際に行う同意の持つ個人的な性質(individualized nature of consent)と遺伝子情報が持つ集合的な性質(group-character of genetic information)とのずれにあるということを指摘し、その問題を解決するために、「情報の個別化原則(principle of information individualization)」を提案し、現在の規範の改良方法を示す。
アメリカ合衆国のプライバシー法(Privacy Act of 1974)における、情報を取り扱う際の基準。
これらの原則は、もっぱら個人にのみ関係ある情報を扱う際には十分であり、ほとんどの電子化された情報については、それが個別に取り扱われ、一人の人間にのみ関係する場合には、上記の規範はうまく機能する。 例: 私の信用調査(credit report)は、私が負債をどのくらいきちんと返済しそうかということを証明するが、私の子供たちや両親へ融資する際に彼らの信用度を証明するには不適切である。
遺伝子情報は、上記のような「もっぱら個人にのみ関係ある情報」ではなく、例えば、ある夫婦の遺伝子テストの結果を突き合わせれば、その夫婦の子供たちが、ある種の遺伝的疾患を持っているかどうかほぼ完全に分かるだろうし、その情報は、保険会社や、雇用主にとってもきわめて意味のあるものであろう。
このように、遺伝子情報は、ある個人から収集されるほとんどの情報とは異なる、ある一人の人間ではなく、ある集団に関係する情報である。そして、その性質の違い(個人情報の収集に対する個人の同意の持つ性質と、収集された情報の持つ性質)が、遺伝子情報を扱う際に問題を引き起こす。
例:
原則1によれば、個人は、自分に関係のあるどのような情報が記録されるかということを決定すべき
→ある人が遺伝子テストを受ける際には、その人と遺伝的に関係のある人々が、(そのテストによって、部分的にではあっても自分たちの遺伝子情報も明らかになってしまうという理由で) その人から情報が収集されるかどうかについて口を挟むことができるということになるだろうか?
原則3によれば、個人は、自分に関係ある情報にアクセスできるべき
→ある人はその両親や兄弟姉妹やいとこから収集された遺伝子情報に当然アクセスできるということを意味するだろうか?もしそうなら、医療記録のプライバシーはどうなるのだろうか?もしそうでないというなら、ある人についての情報にその人がアクセスできるべきだという原則はどうなってしまうのだろうか?
原則1や3では、情報を収集された人々が、その情報に関係する他の人々がその情報にアクセスするのを排除できるということをうまく説明できない。
情報を個別に取り扱うことによって(例:兄弟姉妹、両親、子孫について記録しない)、遺伝子情報の集合的な性質を、個別的なものへと近づけることができる。 情報が個別化されている限りにおいては、遺伝子情報の集団的性質と同意の個別的性質との間の不一致は減少し、倫理的な問題性はより少なくなるだろう。これが、情報の個別取り扱い原則、すなわちPIIである。
PIIに則れば、アイスランドの厚生省データベースのような、遺伝子と家系についての情報をともに含むデータベースを、関係する集団の同意なしに作ってはならない。そのような場合には、同意の個人的性質と、記録される情報の性質の間にあまりにもギャップがありすぎるだろうからである。
原則3に従えば、個人は、情報の出所に関わらず、自分に関係する遺伝子情報を入手することができる。例えば、もしも、ある人の兄弟姉妹がその人の同意なく、その人に関係する遺伝子情報を収集・記録して持っていて、かつ、その人の個人情報がその遺伝子情報とリンクされていたら、情報源がその人自身ではないということに関係なく、その遺伝子情報にアクセスできるということになる。
しかしながら、ある人の遺伝子情報が情報を収集された人の同意に反して他の情報にリンクされていた場合は、PIIが破られているということになり、罰が与えられるべきである。
遺伝子情報の集団的性質を考慮して、罰則は、情報源以外にその遺伝子情報が関係のある人々のプライバシー侵害に対して規定される必要がある。それらの罰則は、ある同意した個人から、その個人と遺伝的に関係あるが同意していない個人の遺伝子情報を収集することを防止する助けになるだろう。
見したところでは、制限的な原則である原則2(収集された情報は、情報を収集された本人の同意がある場合を除いて、初めに収集された際の目的のためにのみ使用されるべきである)には、遺伝子情報に特有の性質に対して、特に問題はないように見える。しかし、この拘束的な原則でさえも、遺伝子情報の集合的性質と同意の個別的性質の引き起こす問題から見れば、少々問題がある。
例えば、ある人が病気の診断のために遺伝子テストを受けたとして、その情報が、その人の同意に関わらず、その両親や兄弟姉妹について用いられるということは正当ではありえない。
ある個人は、情報のある特定の使用方法についてのみ同意するように、自分自身についてそれが使用されるということにのみ同意するのであって、決して他の同様な資格のある個人について同意するのではない。
遺伝子情報の集合的性質と、同意の個別的性質との食い違いを乗り越えるために、次のことが提案される。