リピンスキ & ブリッツ「21世紀における情報所有について再考する：倫理的含意」

貸川聡子

出典：Tomas.A.Lipinski and Johannes.J.Britz,"Rethinking the ownership of information in the 21st century：Ethical implications"in Ethics and Information Technology ,vol.2：pp.49－71,2000

概略（Abstract）：この論文では、知的財産所有権(intellectual property ownership)の基本的な概念および近年の発展について論ずる。リピンスキとブリッツは、公衆による情報へのアクセス(access)権と知的財産所有者による管理(control)権をめぐる諸々の哲学的議論や制度の基礎となる原理を扱う。情報技術の発展によって近年優勢となっている所有権主義(proprietarianism)すなわち管理権の拡大という傾向とは反対に、筆者はアクセス権が管理権に優先されるという論を展開する。最後には、知的財産法が公共の利益を最大化するように、その基礎として再考しうる原理を示している。以下、論文の章立てにそって議論を要約する。

キイ・ワード：アクセス(access)、著作権(copyright)、倫理学(ethics)、知的財産(intellectual property)、ニュー・メディア(new media)、所有／所有者(ownership)、特許(patent)、商標(trademark)、商業秘密(trade secret)

1.導入(Introduction)

本論では、アメリカ合衆国の知的財産制度についての倫理学的な分析を行なっていく。

まず、情報所有の哲学的な基礎を明らかにする。情報所有には二重の性質(dual nature)がある。知的財産権は、第一にアクセスを管理する権利を財産所有者に保証し、第二にその知的財産にアクセスする権利を利用者に保障する、という二つの側面を含むのである。

次に、特許(patent)、商標(trademark)、商業秘密(trade secret)、著作権(copyright)といったさまざまな知的財産権制度の枠組みについて、この二重性に基づいて議論していく。ブランスコーム(Branscomb)とドラホス(Drahos)は、こうした法制度は財産所有者の利益保護という点から設計されるべきであるとする主張、すなわち所有権主義(proprietarianism)が、知的財産所有の問題解決において支配的であるという傾向を指摘している。しかし、こうした主張は知的財産権制度の本来のねらいとは一致しないものである。というのは、その本来のねらいとは、所有者の管理権と利用者のアクセス権とのバランスをとることであり、所有権主義はそのバランスを崩してしまうからである。そこで最後に、そうした本来のねらいを回復するための知的財産権制度の設計を統制する、倫理原理(ethical principle)を提案するのである。事実上存在するわれわれの道徳性と制度とのギャップを埋めるためには、われわれは倫理に目をむけねばならないのである。

2.情報所有と知的財産の哲学(The philosophy of information ownership and intellectual property)

知的財産の制度の哲学的基礎は掘り崩されているが、多くの異なった説を何らかの形で解決するかあるいは少なくともそれらを理解することは、次の二つの理由により重要である。第一に、現行制度の目標と概念を認識し制度を評価するのに、また、さまざまな知的財産権の制度形態の成否を判定する際のリトマス試験紙としても役立つ。第二に、知的財産権制度の将来における変化を形成し、新たな目標を設計する助けとなることができる。

2.1情報所有：管理とアクセス(Information ownership : Control and access)

知的財産権制度の基礎となる想定は、基本的な所有権理論から引き出すことができる。所有権理論は、各人が財産とその利用について公認された権利(stated right)を有する、という考え方に基づく。例えばジョン・ロック(John Locke, Two Treatises of Civil Government, 1689)は、生存権、自由権、そして「所有権」を基本的人権とみなし、政府にはこれらを保護・保障する責任がある、と論じた。このような所有権という考え方が、無体財産(intangible property)である知的財産にまで適用されているのである。

知的財産の倫理的問題は法的な適用問題と結びついており、そうした法的決定は衡平(equity)と公正(fairness)に関するさまざまな原理、すなわち「社会正義」の原理に従ってなされなければならない。所有権に関する社会正義からのアプローチを先導的に行なったのは、ジョン・ロールズ(J. Rawls, A Theory of Justice, 1971)である。ロールズの理論は、各人が自分の社会での位置を知らない無知のヴェール(a veil of ignorance)のもとでは、公正原理に基づき財を分配する契約がなされる、というものである。ロールズは資本主義(すなわち所有者主義)的な立場に異議を唱え、最も恵まれない人に配慮がなされなければならないと主張した。ファン・デン・ホーフェン(Van Den Hoven)によれば、このロールズの議論を情報所有にも適用すれば、情報強者と情報弱者との格差(information rich－information poor gap)を埋めることができる。ドラホス(Drahos)もまた、こうした適用の支持者である。

2.2財産所有についての変化する展望(Varying perspectives on property ownership)

管理権とアクセス権という二概念は、憲法においてはっきりと言及されているが、知的財産権という概念を正当化する基礎については、さまざまな立場がある。

知的財産権は経済的な利害関心から成っているのであり(例：著作権の公正使用における市場への影響)、それを保護する制度は社会の秩序と構造には不可欠である。これは、マケヴォイ(McEvoy)、ベア－ド(Beard)をはじめ、タシュネット(Tushnet)、ポズナー(Posner)らによってなされた主張である。

ヒューズ(Hughes)はロックの「労働説」(labor theory)とヘーゲルの｢人格説｣(personality theory)の両方をとり、ナンス(Nance)はその両者を帰結主義者(consequentialist)に対抗した義務論者(deontologist)による｢道徳的正｣(moral rightness)のアプローチである、とみなした。帰結主義と義務論のどちらの要素も西洋の知的財産権制度の中にみられるが、ナンスによれば、帰結主義者はさらに功利主義者(utilitarianism)と目的論者(teleologist)とに分けられる。前者は著作権のうちのインセンティヴ(incentive)と報償(reward)という構成要素を主張の根拠とし、後者は共同体の利益によるアプローチを行なう。

さらに最近の法と経済学(law and economics)の研究では、市場における費用便益に向けたアプローチも見られる。ポズナー(Posner)らが、この見方を支持している。また、こうした市場分析はチャイルド(Child)によってもなされているが、彼は厚生経済学におけるパレート均衡効率性(Pareto equilibrium efficiency)の概念を引き合いに出し、知的財産の生産と蓄積の過程はパレート改善(Pareto-improving)の過程、すなわち「価値生産」(value creating)であると論ずる。さらに、負の外部性(negative externality)を解決するために財産権を成立させる、というハーディン(Hardin)の｢共有地の悲劇｣(tragedy of the commons)を、近年ハーディー(Hardy)がバーチャル空間での知的財産権(ウェブ上の不法侵入)を論じるのに採用している。

ブッカート(Bouckaert)は、知的財産権の正当化を同意(consent)、規約(convention)、功利主義、所有権の四つに分類し、パルマー(Palmer)は、労働への報酬(labor-desert)、人格(personality)、功利(utility)、有体財産権への便乗(piggy-backing on rights to tangible right)と分類した。ヘッティンガー(Hettinger)は、ロック的な説明と功利主義的な説明のどちらをも否定し、｢社会的功利｣というテーゼに基づく知的財産に対する｢公共的な財政支援｣と｢公共的所有｣の推進を提案した。チャイルドは各人が他の人より多くを所有することを望むという分配的正義に関わる人間本性を扱い、ペインは商業秘密の保護についての議論の中で、法的な動機づけの有無にかかわらず情報を保持するという傾向性があると論ずる。彼らは、社会的ではなく個人的な動機づけを行なっている点で、ヘッティンガーと対抗する。こうした所有者の原理に基づいて知的財産権は発展してきたのであり、裁判所や立法府は管理権とアクセス権のバランスをとるためにそれに介入しているのである。

3.管理とアクセスについての実際的な展望(Perspectives on control and access in practice)

知的財産権制度は、対立する利害、すなわち管理権とアクセス権の本来的な緊張関係を含んでいる。近年、裁判所では両者の衝突を｢純粋な｣バランスではなく、純粋な公共の利益という目的にかなうかという観点から調停している。ここでは、著作権についての判例とそれにそった議論をとりあげる。

事例1：｢Sony Corp. of America vs Universal Studios｣判決(1984) 作者の創造的活動を動機づけるとして独占権を認め、公共の適切なアクセスについては、作者による排他的な管理が行なわれる一定期間が終了した後にはじめて認められる。

事例2：「Fogerty vs Fantasy,Inc.」判決(1994) アクセスによる公共的利益の増大が優先される。「Feist Publication,Inc. vs Rural Telephone Service Co.」判決(1991)が、著作権保護の目的は作者の労働への報酬ではなく、科学および有用な技術の進展の促進にある、としたことを引用している。

こうした知的財産権制度の二重の性質については、さまざまな論者によって論じられている。パターソン( Patterson)は、著作物は自由な社会において不可欠な情報の流通の一部をなすものである、という観点から著作権における所有の概念を説明する。ブリッツは、内容と運搬という概念(これは管理とアクセスに置き換えられる)を扱い、フォン･ノイマン(Von Neuman)は、知的財産権制度における所有者と利用者との緊張関係がより広範な公共の利益に作用する、と論じている。また、財産所有者によるコントロール権を優先しアクセス権を制限することで情報の形がより有用なものとなる、というトレードオフ的な発想は、パルマー(Palmer)やハミルトン(Hamilton)によって支持されている。しかしこのような経済的な利益追求は、ロールズの正義原理の第二原理によって禁止することができる。(正義原理については6.3にて後述)

最近ではパルマーやハミルトンのような立場が強まっているが、これを阻止するための議論としてドラホスは知的財産権の保護にインセンティヴ、適応(adjustive)、管理(control)、予期(expectational)という四つの機能を見出している。しかしまた、ヴァイス(Weiss)とデ・ヴァールト(De Waart)は社会と市場経済のグローバル化によって、経済的な利害を保護するための法的･政策的な構造基盤が必要になっていると主張する。同じことを、ハリス(Harris)はデジタル所有権(digital property)の場合について主張している。ドラホスやヴァイス、ハリスらの議論の倫理的な焦点は、いずれも司法および政策の側からの介入がアクセス権を保全するかどうか、ということである。4章ではこの点についての展望と答えを探る。

4.合衆国の知的財産権制度における管理とアクセスの概念(Concept of control and access in the intellectual property laws of the United States)

ここでは、まず管理とアクセスの概念がさまざまな知的財産権の制度体系においてどのようにして織り交ぜられていったのかを描写する。次に、台頭しつづける所有権主義の内容を明らかにするために、知的財産の制度体系の内部での発展を列挙していく。

4.1特許(Patent)

特許の所有者は、その特許の有効期間に対する完全なあるいは排他的な独占権、すなわち実質的な所有権を認められる。そのかわり特許の所有者は、他の人による新たな発明を可能にするために特許の詳細をある程度、特許局に対してはすべて開示しなければならない。

最近の議論は、新しい技術による発明、例えばソフトウェアに対して特許を与えるかどうか、というものである。最高裁や特許局は与える方向に動いているが、サミュエルソン( Samuelson)やオッディ(Oddi)らはその傾向に批判的である。ここでの重要な点は、情報社会においては、特許を与えることは参与するものにとって利益となるのかどうか、そしてその利益よりもその場合生じた危害のほうが大きいのかどうか、ということである。社会的利益の原理からいえば、ソフトウェアに関しては、著作権の方がより望ましい保護方法であると考えられる。というのも、著作権は保護されていないプログラムを頼る利用者や競合相手に対して、そのプログラムへのアクセス権を認めるからである。

特許の独占に伴う危害を実例から考える。

Compton's New Media, Inc.による特許取得→アクセス権を著しく損なうとして最終的には特許の取り消し
Drug research for AIDS→特許を所有する企業はライセンス方式によって金銭的報酬を得る

4.2商標(Trademark)

商標という概念は、知的財産への他者のアクセスについてというより、その情報(商標)の有益性についてのものである。商標の所有者は、その商標が他者に利用される場合、その新たな利用が所有者にとっての商標の値打ちを損ないうるかどうかを問うことでそれを検討することができる。商標の値打ちとは、商標に対する消費者の認識に基づく。ゆえに消費者に混乱をきたすような商標の利用は、商標の侵害とみなされるし、逆にそうでない場合には商標の二重利用が認められる。この所有権は、著作権のように創作(creation)から、あるいは特許のように発明(invention)や応用(application)から生じるのではなく、その情報(商標)の商業利用によって確保される。

インターネットにおいては、商標利用の保護がその情報へのアクセス権によって制限されてしまうため、さまざまな問題が起きている。

サイバースペースにおけるドメインネームの問題

ドメインネーム取得のシステムは先着順のため、企業がほしがるであろうドメインネームを報酬目的で個人(cyber-squatters)が取得してしまう、という問題が発生した。

ホット・リンクの問題

　　ポルノサイトなどからのリンクによって商標が消費者に与える印象が悪くなったり(tarnishment)、サーチエンジンを利用することで商標の特殊性が不鮮明になったり(blurring) する＝商標効果の希釈(trademark dilution)

4.3企業秘密(Trade secret)

企業秘密は、著作権や特許権のように公共と著作者あるいは発明者との間ではなく、むしろ私的な当事者(private parties)間で取り決められた権利である。企業秘密に関する法がその所有者に報いるのは、他者が類似したあるいは競合する産物を不正な手段を通じて生産または販売した場合においてのみである。企業秘密とその規制を法によって明確にするのは難しいが、そこには、新しい事業の奨励とその事業による公益という前提がある。しかし実際は、企業秘密の訴訟は難しい。そのため最近では、特に情報技術産業においてはライセンスや私的契約(private conduct)が主流になってきており、利用者のアクセス権は後退している。(例：シュリンク・ラップ／クリック・オン／ウェブ・ラップ契約)

4.4著作権(Copyright)

著作権は、一般には最もよく知られた知的財産権であろう。しかし、合衆国の著作権制度では、所有者の管理権と公共のアクセス権とのバランスをとろうとするのに微妙で不鮮明な点がいくつかある。以下、それらの例を挙げていく。

4.4.1思想表現の二分法と融合説(Idea expression dichotomy and the merger doctrine)

著作権が保護するのは思想(idea)ではない。思想が有形の媒体において形をとった状態で初めて、そしてその場合のみ著作権の保護対象になる。またしばしば、ある思想の表現方法が有限である場合がある。その場合思想とその表現方法は分離不可能であり、したがってそうした表現方法は著作権の保護対象ではない。これが、｢融合説｣(the merger doctrine)として知られている説である。この説はソフトウェア・プログラムの著作権の場合にも語られるものである。融合説は著作物利用者のアクセス権の保護を目指すものであり、それよりも著作物所有者の管理権が優先されて基礎的な概念の利用とそれに基づいた新たな生産が難しくなる、ということは認められない。

事例：「look and feel」訴訟、｢the Lotus Development Corp. vs Borland International,Inc.｣訴訟　

4.4.2著作権の期間(Copyright duration)

著作権の期間は有限であり、このことは知的財産権制度の公益の保護という点で重要な要素である。著作権の期限が過ぎればその作品は公共のものとみなされ、著作権所有者による管理は不可能となる。著作権所有者へのさらなる恩恵とインセンティヴを与えるよう、1998年に出された法案(H.R.2589,Copyright Term Extension Act of 1998,S.505)では著作権の期間が20年まで延長された。しかし、こうした延長は同時にアクセス権の制限される期間も延長するのであり、ドラホスによれば、これは重要な財(すなわち情報)が不平等に分配されるということを意味する。

4.4.3初販説(First sale doctrine)

初販説は、作品における著作権所有者の初期的権利(initial right)と後続の利用者の譲渡権(transfer rights)の間のバランスを破壊しようとするものである。ここでは一度作品が他者の手に渡ると、その作品に対する著作者の管理権は消滅する。しかしこの説をとると、ソフトウェアの再販が氾濫し、それらの業界に大きな被害をもたらしてしまう。そのため、ソフトウェアの貸出などを初販説適用の例外とする法令が制定されている(但し、図書館と教育機関による利用は明らかに公益となる目的を持つので、例外の例外としてアクセス権を認められている)。「Quality King Distributors Inc. vs L'anza Research International Inc.」判決(1998)の中で、最高裁は再び初販説の尊重を主張している。商品の安売りを認める判決であったが、これは、最高裁は初販説を基礎づけるアクセスの原理は、経済的な損害があろうとも保持されるべきである、という認識をもっていた、ということであろう。

4.4.4公正使用(Fair use)

公正使用の権利は、著作権のある作品へのアクセスを認め、また著作権所有者の管理権に対するチェック機能も果たす。その条件は、使用目的、作品の性質、量、市場への影響の四つである。まず、使用目的が非商業的であり個人的あるいは教育的かどうかを検討した上で、さらに他の三つの条件をも満たして初めてその使用は公正使用であるといえる。但し実際の適用に際しては、市場への影響という項目が最も重要な条件となるようだ。しかし現在、暗号化(Encrypton)、デジタル・タグ(digital tagging)、透かし(watermarking)等の新技術によって公正使用が脅かされている。著作権所有者はデジタル空間でこれらの技術を使い、著作物へのただ乗りなどを追跡・管理し利益追求をすることが可能となる。ベルやドラホスは、こうした傾向は公正使用を経済的利益の目的から著しく損なうことになり、著作権制度の基礎となる目的に反するものである、と批判している。

4.5乱用(Misappropriation)

乱用という概念自体は知的財産権ではないが、これはさまざまの知的財産権制度が失敗した場合に、法的な救済措置としてしばしば援用される。とりわけ思想とそのもとになる情報の保護の際に使われることが多いが、その対象は完全(concrete)、新奇(novel)で、有用(useful)なものに限られる。また、競合した商業利用における乱用の問題は、もともとの創造者(creator)の初期投資に対して、後続の競合相手がそれを少し改良して生産するいわゆるただ乗り(free-riding)とある種の｢商業上の不道徳｣(commercial immorality)が生じることである。商業的に競合するものであれ、二次的な生産をなすことは利用者の権利に含まれるべきではないのか、ということは議論に値する。昨今、こうした商業利用に関連して乱用に対する所有権の強化が議会によってなされているのは、管理とアクセスのバランスを脅かすものであると考えられる。

5.所有権主義への傾向(The Trend towards proprietarianism)

所有権主義はグローバル化と市場の統合などを通じてますますその支配力を強めつつある。

合衆国における知的財産権制度では、本来権利に対し根元的なアプローチがなされている。マーティン(Martin)はそれについて二つの異なる傾向があることを指摘した。すなわち憲法上の起源や原理については義務論的であるが、それを司法および立法において適用する際には功利主義的な(バランスをとるような)見方が採用されているのである。またそういった立場は政府白書にもみられ、ここでは管理権はアクセス権と同等の重要性をもつと考えられている。

しかしここから、社会への利益(共通善common good)ではなく商品すなわちその商業的価値という見方から情報を評価する傾向(すなわち所有権主義)が発生してきた。この傾向の中心的な考え方は、情報はもはや万人に開かれた公共財ではなく売買可能な商品である、というものである。メイドン(Madon)によれば、こうした商品化の傾向を加速させた根本的な要因は、(1)技術の変化と(2)企業と政府の要望の変化の二点である。エルキン・コレン(Elkin-Koren)は、これは制度の｢中央集権化の効果｣(centralizing effect)によるものだと指摘した。すなわち、所有権がアクセス権をしのぐにつれ、情報の譲渡による利益は減少していく、ということである。こうした考え方は、外部性(externality)に基づいている。また、リオタール(Lyotard)やゴードン(Gordon)によると、知識とその譲渡手段としての情報は需要―供給システムに包摂され、知識とその供給者および利用者との関係が価値形態とされている。つまり、知識はそれ自体で目的としての価値をもたず、交換の上での価値のみが求められている。

6.情報所有の倫理原理(Principles of ethical information ownership)

ドラホスは、社会制度をロールズ的に設計するとすれば、政治的自由を保護し情報へのアクセスと配分を最大化するための道具として知的財産権は扱われる、と議論した。以下、この議論にそいながら、21世紀における情報所有の原理をいくつか提案していく。

6.1倫理的考察(Ethical reflection)

情報の管理とアクセスの問題が経済的な観点だけでなく、社会正義的な観点からも考察されねばならないという理由としては、①経済システムには、内部に道徳命法が組み込まれていないため、外部から公共的な管理あるいは規制を課すことなしにそのままにしておくと社会的不正を招くことになり、さらに②経済システムが招きうる社会的不正、すなわち産物の不均衡な配分は、基本的な人権の侵害をもたらしうる、という二点が挙げられる。こうした点から知的財産権に関する倫理的な問題は、以下のようにまとめられる。

基本的欲求を満たすための情報へアクセスする権利は重要なものである。しかしながら、知的財産権制度の拡大や情報技術への依存を深めることによって、こうした権利の行使は脅かされている。
経済システムのグローバル化と市場の統合は、情報の所有者(information rich)と利用者(information poor)との格差をますます広げている。(先進国における情報技術の発展および導入はより格差を拡大)
通常なら公共財(collective good)とみなされる情報が商品化され、そうした所有権主義に基づいた配分環境では性質に関する情報以外は利用可能とならない。
情報の数が多くなればなるほど、無意味な情報も多くなる。情報の譲渡に関する社会正義の問題についても、同じことが言える。
情報へのアクセスの独占的手段である情報技術は機会均等を妨げる。というのも、世界の人口の大半は情報あるいはコンピュータを扱う能力を持っていない人々であるからである。
技術や情報による支配は、新たな経済的な全体主義を招く。
情報とその情報が結びついた既存の構造基盤(infrastructure)との関係。

6.2倫理的枠組み(Ethical framework)

知的財産権制度が再構築されうるような倫理的枠組みを提案する。まず初めに断っておくべきなのは、倫理モデルが経済の過程を規定してはならない、ということである。そうなれば、倫理モデルはイデオロギーとなってしまう。倫理モデルを立てる際に重要なのは、需要―供給バランスや不均等な配分などの経済の実際を考慮に入れることである。また、倫理モデルの構築の際に財の配分の問題のみならず、生産過程、所有者や利用者、および政策決定者の要望にも目を向けなくてはならない。生産過程は義務論的、生産物や要望は目的論的な観点に結び付けられる。さらに、人権に基づいた平等と社会的・経済的利益に基づいた不平等の間には、本来的に緊張関係が存在する、という認識が必要である。社会的正義において不平等が正当化されるのは、それによって他の不平等が是正される場合か、不平等が万人の善にとって必要不可欠である場合においてのみである(バーバー Barbour)。この不平等についての考慮では、政府の役割も注目されるが、その役割とは、万人に平等な立場を与えることではなく、万人に(情報へアクセスする)均等な機会を与えることである。言い換えれば、こうした社会正義についての考察は、万人は平等な価値を持つが、必ずしも平等ではない、という特定の人間学的な観点に基づくものである。

6.3社会正義と知的財産の仕組み(Social justice and the intellectual property mechanism)

前節で示した広範な倫理的枠組みに基づき、ここでは、知的財産権制度を社会利益の観点から評価する社会正義の一般原理が定式化される。これらはすべてロールズの正義の二原理に基づいて行なわれる。

ロールズ第一原理：各人が他者と同様の最大限の自由を有することを主張する。これを情報のアクセス権と管理権に応用した場合、すべての基本的人権を満たすのに必要な情報への最低限のアクセスの権利を各人が持つべきである、といえる。というのも、情報は社会生活を快適に営む際に各人にとってきわめて重要な位置を占めてきているからである。そうした社会参与には、情報へのアクセスにおける機会均等を得ることが必要となる。

ロールズ第二原理：社会的・経済的不平等は、それが(1)万人の利益になるようなものであり、(2)機会均等を保障された地位および職責に関するものである、という二条件によって正当化される、と主張する。

こうした二原理に対して、以下の四つの伝統的な正義の概念を結びつけて考える。

交換的正義(commutative justice)：個人間あるいは社会的グループ間での同意と交換における公正さが中心となる。情報へのアクセスの観点では、情報の売り手と買い手の関係が対等であることなどが主題となり、これらは対価の支払いなどにおける公正さによって保証される。この種の正義は、ロールズの正義の第二原理に基づく。
配分的正義(distributive justice)：収入、富、権力、地位など社会における種々の利益をその成員に公正に分配することを扱う。ロールズの第一原理に基づくと考えられる。これを情報、知的財産に適用した場合、人々が基本的人権を行使するのに不可欠な情報(この場合情報は｢共通善｣とみなされる)の公正な分配を保障する責任が政府に課される。配分的正義はまた、第一原理に基づく知的な自由と第二原理に基づく知的所有権の間の倫理的ジレンマにも関連する。
貢献的正義(contributive justice)：これはロールズの原理の双方を含み、ゆえに以下のような二義性をもつ。一つは、個人には社会に主体的に参与する義務があることであり、一つは社会(政府)自体は個人の自由と尊厳を損なうことなく個人の社会参与を促進する義務を負う、ということである。情報のアクセスに転じれば、貢献的正義は個人の有益な情報の利用を最大化し、かつ社会には生産性をあげるような情報環境を作る義務を負わせるのである。
匡正的正義(retributive justice)：処罰についての正義として知られる。情報のアクセスに適用した場合、知的財産の所有権のみならずアクセス権をも保護するガイドラインとして利用できる。この意味で、ロールズの原理のどちらにも適用できる。

6.4明言された基準(Articulated standards)

これまで見てきたロールズの公正としての正義原理を、たとえば著作権に適用した場合、第一原理が情報へのアクセス権を保護する。続いて、財の(再)分配は万人の利益になるようになされるという第二原理の制限のもとで著作権所有者の権利も認められる。シャフィは同様の考えを｢理想｣(ideals)としてあらわした。デヴィッドはこれらに対し経済学的な観点から三つの疑問を提起した。①インセンティヴは適切な量の情報を創出するよう機能するのか、②その場合情報は最大限の社会利益を生み出すよう有効に利用されるのか、③新たな情報の創出において社会にかかる費用は最小化されるのか、の三点である。ティンバーグもまた、修正一条と経済的公正に目を向けて公正使用に関する四つの基本的な条件の見直しを行い、より著作権法と修正一条に一致した形にしている。こうして正義原理に関してさまざまな批判がなされたが、動機づけというシステムを保持するための最も非強制的な手段に関することや、情報の利害関係者(stakeholders)の大小による影響などという点はどの論者も見逃している。

これらの考察をふまえて、知的財産権制度について、以下のような倫理原理を定式化する。

第一原理：ねらい(Intent)。知的財産権制度の本来のねらいは、創造的な作品へのアクセスによって一般的な公益をもたらすことである。よって情報へのアクセス権は保証されるべきである。＜ロールズ第一原理と第二原理：貢献的正義＞
第二原理：保護機構(Protection Mechanism)。製作者の所有権を保護し、知的財産権の恩恵を与える制度に対するインセンティヴを確保するための手段は、最小限の規制的手段に限られる。＜ロールズ第二原理：交換的正義＞
第三原理：ユーザーの不平等(Disparity of users)。知的財産に対する管理権とアクセス権の両者は、個人、組織など大小を問わず、均等でなければならない。＜ロールズ第二原理：交換的正義＞
第四原理：市場要因(Market factors)。管理権とアクセス権との係争の際に、金銭的経済的な考慮を決定要因にしてはならない。情報の所有者と利用者双方の立場を、等しく考慮すべきである。＜ロールズ第一原理と第二原理：配分的正義＞
第五原理：仕様(Format)。知的財産の創造、保存、転送、利用の仕様は、利用者のアクセス権に影響を及ぼしてはならない。　例)デジタルとアナログ　＜ロールズ第二原理：配分的正義＞
第六原理：規範的責任(Normative responsibility)。知的財産権制度における政策的(規範的)措置は、最も効率的かつ、最小限に強制的なものに限られる。＜ロールズ第二原理：匡正的正義＞

(かしかわさとこ京都大学文学部)

この記事終り

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