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網を張り直す
---Re-Wiring the Internet---[1]

神崎宣次

この記事の概要

インターネットが一般に普及した1990年代後半を通じて、WWWはインターネット上で最も一般的に利用されるファイル配布システムであった。それは2000年である今年に入っても変わらないが、WWW以外の新しいシステムが次々と開発され、改良され、そして利用されるようになっている。ここでは、そうしたファイル配布システムに関する情報を整理し、主にフリーネットというファイル配布システムを題材としてインターネットでの情報共有の現状についてレポートする。

WWWというファイル配布システム

WWWの起源は1989年、ジュネーブのヨーロッパ粒子物理学研究所(CERN)でティム・バーナーズ=リー Tim Berners-Lee の提案[2]によるとされている。しかし、WWWでも重要な概念であるハイパーリンクの概念は、1960年にはテッド・ネルソン Ted Nelson の頭に既に浮んでいた[3]。ネルソン自身もザナドゥ XANADU というシステムの開発を行っていたが、現在のWWWにはない、永久的な双方向リンク、情報の恒久的保管、さらには著作権管理、等のより高度な機能を実装しようとしていたため、なかなか実現しなかった[4]のだ。そうこうしているうちに、WWWが開発され、90年代後半に爆発的に普及することになったのである。

2000年前後におけるファイル配布システム

1999年12月に全米レコード工業会 (RIAA)が提訴したことで、ナップスター[5]の存在が一躍有名になった後、さまざまなファイル共有システムが新たに開発されたり、あるいは変種が作られている。実際どれ位のヴァリエーションが存在しているのかを把握するのは不可能なので、とりあえずここでは、ナップスター型、グヌーテラ Gnutella 型 、フリーネット型、の3つの類型だけを挙げる[6]。 ナップスター型と他の二つの型の違いは、他の二つの型には中心的なサーバーが存在しない[7]ので、現在ナップスターに対して行われている裁判のようなかたちでサービスを停止させることが不可能である、という点にある。これらを停止させるには、少くともこれらのサービスを行っている全てのサーバーを停止しなけらばならない。これは、どう考えても不可能である。 しかし、ナップスター型とグヌーテラ型は、ファイルの配布者と取得者の両方の情報が流れてしまうという共通点を持っている。実際ナップスター社は、有名なロックバンドであるメタリカの曲を交換していたユーザーのアクセスを停止したという実績がある[8]。

フリーネット

ではフリーネットでは、どうなのだろうか。フリーネットのオリジナル開発者のイアン・クラークの論文[9]は「自由 Freedom 」と題された節から始まっている。
インターネット上のあらゆる情報は、それが置かれているサーバーの所有者に結び付けることができる。情報から、それに責任を持つ人物へと繋がる、消すことのできない電子的な痕跡があるのだ。多くの場合この痕跡は、報復の恐れが効果的な検閲官の役割を果すことができ(そして、しばしば果す)のと同じく、言論の自由への足枷となる。(訳は、この記事の筆者による)
Every piece of information on the Internet can be linked to the owner of the server that hosts the information.There is an indelible electronic trail from the information to those that are responsible for it. In many situations this trail is a restriction upon free-speech, as fear of retribution can (and often does) serve as an effective censor.(p. 4)

インターネット上では、一見匿名性が成り立っているかのように思われるが、実際にはむしろ足が付き易いメディアなのである。さまざまなサイトへの侵入が報道されることが多くなっているが、だいたい犯人は後に特定されている。ある程度以上の技術を持ち、そのような意図を持って行動している場合にすら個人が特定されうるのだから、より通常の人物のインターネット上の行動には、厳密な意味での匿名性はなく、群衆に紛れこんでいるという安全性しかない[10]。

このような現状認識に基づいて、他の二つのサービスがファイル(主にMP3という音楽ファイル)の自由な交換を目的としていたのに対し、フリーネットではインーネット上の検閲に対抗し、言論の自由を確保することが目的とされている[11]。

WWWの問題点

クラークのオリジナル論文では、フリーネットは現在のWWWに近い利用のされかた、より正確には検索エンジンを通してWWWを使うのに近いものと考えられているようである[12]。では、現在これほど広く利用されているWWWとは別に、しかも明かにより利用が難しい、フリーネットが必要であるというのだろうか。

その答は、現在のWWWには検閲の可能性という点で問題があるということにある。たとえば、プロバイダーの提供する、もしくはフリーのホームページ作成サービスでは、違法あるいは有害とみなされるコンテンツは発見されると削除されるのが普通であるし、そのようなコンテンツの作成者の個人情報も、裁判等に持ちこまれて自身の責任を問われるリスクを避けるために提出する場合がある[13]。削除の対象の典型はポルノグラフィーであり、削除されては、また別のところに掲載するという、いたちごっこが続いている。

インターネット上のポルノの扱いは、また別の問題なのであるが、ここで問題なのはWWWというシステムでは情報の一方的削除が可能であり、その情報の提供者と利用者の個人情報を得ることが可能である、ということである。すなわち、WWWでは、誰の目も気にせずに好きなことを言えると考えるのは、誤解か無知に過ぎない。この点こそが、先の引用部で懸念されているものであり、表現の自由や言論の自由に対する萎縮効果を産み出すのである。[14]

また、クラークは、検索エンジンの運営者が検閲官として働く可能性を指摘している[15]。すなわち、ある一定のサイトを検索できないようにするとか、逆にあるサイトを目立つようにするという措置をとることができるのである[16]。

では、そのような点についてフリーネットはどのように対処しているのだろうか。詳細な技術に関する記述は後に挙げた参考文献を直接見てもらうしかないが、フリーネットの設計上の特徴は次の二点にあると思われる。

  1. 通常のインターネット上の通信では、通信の両端の間での通信経路が、その経路上のノードで知られるが、フリーネットでは各ノードは通信経路の直接上流と下流に位置するノードの情報しか持たない。
  2. 要求された情報はネットワーク上に複製されることになるが、長い間要求されない情報は記憶容量を越えた分から順番に削除されていく。そのため、ある情報を削除しようという意図を持つ者がいたとしても、簡単にはその目的を達成することができない。

すなわち、一種の伝言ゲームのようなものである。自分に伝えてきた相手と自分が伝えた相手しか知ることができないので、全体の情報の伝達経路の中で自分がどこに位置しているかわからないし、そもそも全体の経路もわからない。このような特徴によって、フリーネットでは上のような問題をある程度回避することができる[17]と説明されている。

まとめ

わりと近い将来の予測として、ネットワークに繋がる機器の大部分にサーバー機能が塔載され、一般家庭でもサーバーを運用するという時代が来るだろうといわれている。そのような時代のファイル配布システムは、ここで挙げたグヌーテラやフリーネットのようなピアツーピア型になるだろう。しかし、それは現在日本でも社会的問題となりだしている、個人情報や著作権や検閲や有害情報といった問題を家庭の中に引き込むことでもある。そのような問題に日常的に晒されるようになる前に、ある程度の解決策を練っておかねばならないが、それは倫理的制度的な政策と技術的な政策の両面に渡って考察されねばならない。そのような意味で、常に、その時点で利用可能な技術的システムについての情報を得ておく必要がある。

リファレンス

[1]The Freenet Projectにある標語。本文中で述べるが、フリーネットはWWWの代替物だと考えられる。

[2]Original proposal for a global hypertext project at CERN,HTMLizedで読むことができる。

[3]XANADU HISTORYを参照のこと。この種のアイデアの起源をさらに遡れば、バネバー・ブッシュのメメックス memex がある(Vannevar Bush, 'As We May Think', The Atlantic Monthly, Volume 176, No. 1, 1945)。この論文はインターネット上でも読むことができる。

[4]現在ではUdanax.comで、公開されている。

[5]Napster Inc.

[6]Clarke, Sandberg, Wiley, and Hong, 'Freenet :A Distiributed Anonymous Information Storage and Retrieval System'の2節に、その他のサービスについての記述がある。この文章は上で挙げたフリーネットのサイトの Documentation sectionから入手できる(Workshop Paperと表記されているもの)。

[7]そもそもインターネット自体が軍事用ネットークとして始まったので、どこか一箇所が攻撃を受けて機能停止しても他の部分の機能に影響が無いように、分散的ネットワークとして設計されている、といわれる。しかし、実際にはDNSの導入等により、階層的な構造も持ち込まれているのである。詳しくは[8]に挙げる論文等を参照のこと。

[8]たとえばホットワイアード日本版2000年5月10日の記事を参照のこと。また、ナップスターの裁判は、7月26日に連邦地方裁判所による暫定的業務禁止命令が下されたが、2日後に巡回公訴裁判所により覆される、という展開になっている。これがどう決着するかは、9月末の時点ではわからないが、ナップスター社の運命に関係なく、ここに挙げているような他のサービスへと利用者が移っていくだろうというのが大方の見方である(たとえば、同2000年7月27日の記事と、その続編を参照のこと。)。

[9]Ian Clarke, 'A Distributed Decentralised Information Storage and Retrieval System'. 上で挙げたフリーネットのサイトの Documentation sectionから入手できる(Original Paperと表記されているもの)。

[10]政府による検閲・盗聴システムとしては、アメリカのFBIの電子メール監視システム「カーニボー carnivore」や、アメリカのNSAによる電子的通信傍受システム「エシュロン echelon」等の存在が問題になっている。

[11]また、クラークは他の文章で、あらゆる形態の検閲を廃止すべきだと主張している。Ian Clarke, 'Censorship and Copyright'.を参照のこと。 これも[9]の論文と同じところから入手できる。また、[9]の論文の第二章で、フリーネットが目指すべき特徴のリストの最初の二つとして、集中的管理の要素を持たないこと、情報の提供者と利用者双方の匿名性の確保、が挙げられている。

[12]第2章及び第3章2節を参照のこと。WWWは、原理的に、目的のリソースの存在する位置を指定して、そのリソースを参照するようになっているが、検索エンジンを利用することで、なんらかのインデックスに基づいた参照が可能となる。

[13]プロバイダーの責任に関しては、郵政省のインターネット上の情報流通ルールについて(報告書)が基礎的な資料となる。また、プロバイダーの提供する各種サービスを分類し、そのサービスの性質によって、それに対するプロバイダーの責任も異るという主張については笠原毅彦:プロバイダーの民事責任 − プロバイダ概念の再検討を参照のこと。

[14]付け加えるなら、情報が(検閲によるとは限らず)いきなり削除されてしまいうることには、表現の自由等の重大な権利に関わる問題とは別に、単に不便だという問題もある。前触れもなく、ある瞬間突然必要な情報が、もしかしたら永遠にアクセス不可能になってしまうのである。たとえば、この記事から張られているリンクが、読まれる時点で有効とは限らない。もっとも、これはグヌーテラやフリーネットといった、ここで挙げたうち比較的新しいシステムでも根本的には変わらない。それを可能としているのは、メメックスやザナドゥといった未だ完成していないシステムのみである。

[15] [8]の論文の第3章2節1項を参照のこと。

[16]たとえば、を参照のこと。より簡潔な記述としては、検索エンジンとして最近人気の高いGoogleのサイトにある説明の「完全性」の項目がある。

[17]フリーネットの安全性に関する評価は、[6]に挙げた論文の第3節を参照のこと。


(かんざきのぶつぐ 京都大学大学院文学研究科倫理学研究室)
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